刃6
「作戦?」
セラフィーネが眉をひそめて問い返す。
バージルはルメリアに聞こえないよう、そっと耳元に顔を近づけ――。
「――ひゃっ!?」
「な、なんですか!?」
「……何でもない。油断ならんやつだ」
出鼻を挫かれたバージル。
ルメリアの攻撃が来ないか視線を向けるが、彼女は余裕そうに伸びている。
「作戦を立てるんだろぉ? いいさ、話しなよ。全部ぶっ潰してやれば、お前もあたしを選ぶだろ? ――まぁ、あんまりゆっくりだと、待ちきれないかもだけどなぁ」
その言葉を、セラフィーネは侮辱と受け取った。
だが、バージルにとっては願ってもないチャンスだ。
「――――」
もう一度、彼女に耳打ちする。
「……それを、リーネットが?」
「はい。かなり良い作戦じゃないですか?」
逡巡の後、セラフィーネは頷く。
既に腹は決まっている。
「なら……逃げるか?」
「はい。一時的に!」
二人は顔を見合わせた。
そして次の瞬間、同時に駆け出す。
ルメリアの笑い声が背後で響いた。
「おいおいおい、作戦って逃げることかよォ!? まぁいい、逃げて、泣いて、必死に命乞いしてくれたほうが興奮するしなぁあ!」
夜の街路を、バージルとセラフィーネは並んで駆け抜ける。
石畳の地面を蹴る音が、ひときわ鋭く響く。
「……追ってきてるよな」
「来ないわけがない。さっきの顔、完全に殺る気だったぞ」
振り返らずとも、背後から迫る殺気が肌に刺さる。
自分たちの走力よりも、速く。
夜の街を疾走するのはバージルとセラフィーネ、そしてルメリアだけではない。
魔道具によって生成された火球、それが描く炎の尾が追いかけてくる。
「良いだろう。さっきはお前が私を救った。次は、私がその背を預かる!」
セラフィーネはバージルと共に逃げながらも、幾度となく火球に対峙し、時に避け、時に剣を振るっては熱を裂いた。
だが、直撃は避けられても、熱風と衝撃が確実に体力を削っていく。
呼吸が乱れ、視界が揺れる。
それでも、剣は下ろさなかった。
「もう少しで……!」
バージルの声が希望を繋ぐ。
しかし、目的の場所まであと少しというところで――セラフィーネの膝が沈む。
限界だった。剣を支えていた腕から力が抜ける。
「……クソッ……!」
荒い息を吐き、膝立ちのまま、彼女は歯を食いしばった。
戦士としての誇りが、倒れることを許さなかった。
「バージル! お前は先に行けッ!」
一度は立ち止まろうとしたバージルだったが――何も言わずに走り出した。
地を滑るようにしてルメリアが現れる。
「団長様はここでリタイアかぁ?」
ルメリアの目は、勝利の光で輝いていた。
だが――彼女は剣を振らない。
代わりにセラフィーネの前にしゃがみこむと、至近距離から顔を覗き込む。
「それじゃあ、あの男があたしの物になるところを眺めてるんだな」
ねっとりとした声で吐き捨てると、ルメリアは背を向け、バージルを追って走り去っていく。
火球は再び空に浮かび、彼女の後を追うように揺れていた。
・
ルメリアから逃げ続けていたバージルは、細い路地に入った。
魔道具によって照らされる夜の街。
しかし、この路上に灯りはなく、バージルの視界は闇に包まれる。
五感のうちの一つを失ったことで、残り――心臓の鼓動が耳に響くほど激しくなる。
足音のすぐ後ろで、ヒュッと空気を裂く音が鳴った。
「逃げても無駄なんだよなぁ。お前は私のものになるんだ」
ルメリアの声に観念したのか、バージルはついに足を止めた。
「なんだ、疲れたのか。それとも――ここならあたしの動きが制限されると?」
ルメリアがゆっくりと歩を進める。
石畳を踏む音が、やけに大きく響いた。
「残念。少し動きが遅くなったって、それでもあたしの方が早い。それに、あたしは盗賊だぜ? この暗闇でも、あんたの顔がよく見えてる」
バージルは静かに、大剣の柄に手を添えたまま、答えない。
「でも、いいねぇ。こういう、狭い、逃げ場のないところ――あたし、好きなんだよ。だって――今からおっぱじめられるだろ?」
「――そんなに俺が欲しいのか?」




