刃5
火球の余熱が地面を焦がし、空気がわずかに歪んでいた。
その焦げた石畳を挟んで、バージルとセラフィーネ、そしてルメリアが向かい合う。
「――上等だよ。これで本気も出せるってもんだ」
ルメリアが肩を回す。
腕輪として装備されている魔道具の金属が、キィンと嫌な音を立てる。
「私が前に出る。魔道具の発動させる隙を与えてはいけない」
セラフィーネが短く指示を出し、血のにじむ肩を気にもせず剣を構える。
「魔道具っていうのは……あの腕のやつですよね。分かりました」
この世界の魔道具をよく知らないバージルだったが、元の世界の――というより漫画の――知識がある。
セラフィーネの「発動させない」という言葉から、魔道具の力を使用するには何らかの動作が必要だと判断し、それは当たっていた。
バージルは大剣を逆手に構え、深く息を吸い込む。
「さっきよりも、もっと速くなるぞ。あたしの顔――今のうちに覚えておくんだなァッ!」
ルメリアが飛び出した。
音を裂くような一撃。
風圧すら伴う曲刀の斬撃が、セラフィーネへと迫る。
「――ちっ!」
だが、その一撃はバージルの突き出した大剣によって止められる。
ルメリアは瞬時に標的を変え、バージルに鋭い連撃を加えていく。
どの攻撃も、大剣――それも訓練用の大物で防げるものではないはず。
だというのに、バージルは身体の動きを最小限に抑えることによって、一発を大剣で、もう一発を躱すことに成功していた。
「お前、あたしの速度について来れるのか」
ルメリアが笑いながら問う。目は笑っていない。
「いや……全部には反応できてない。でも、パターンがある。それを見つければ、避けるのは簡単だ」
「パターン、ねぇ……」
バージルの息は荒れていたが、その目は鋭かった。
最初の一撃も、見えていたわけじゃない。
ただ、貴重な男の命を奪うわけはないし、頭数を減らすという思考からセラフィーネに向かうと、読んでいただけのこと。
「じゃあ、こういうのは――どうかな?」
――次の瞬間、再びルメリアが跳ねた。
今度は完全な殺意を伴う突進。軌道は不規則、目が追いつかない。
だが、バージルは動かない。
「……!」
ルメリアがその一瞬の「間」を見抜かれたことに気付いたときには、遅かった。
バージルはわずかに身体を斜めに回避し、反対側に構えた大剣で横薙ぎに一閃。
手応えはなかった。
けれど、ルメリアのマントの端が裂け、頬にかすかな傷が走る。
足を止めたルメリアは頬の血を指でなぞり、舐め取った。
「……やるじゃないか。獲物がデカくなけりゃあ、今ので終わってたかもな」
そう言ったルメリアの口元に浮かんだのは、かえって嬉しそうな笑みだった。
「こいつは初めてだよ。あたしを傷つけた男なんてさ」
瞬間、彼女の気配が変わった。
喜悦と殺意がないまぜになった、獣のような気配。
「ご褒美だよ……もう一段階、速くなる」
言い終わる前に、ルメリアの姿が消える。
「――っ!」
今度は読みでも何でもない、無意識の防衛本能が、ほんの少しだけ作用した。
ルメリアの短剣がバージルの脇腹を掠める。
たまらず反撃に出るバージルだったが、その攻撃が始まる頃に、既にルメリアは安全圏に身を置いていた。
腹に走る痛みと、振り遅れた剣の重さ。
汗と血が混じり、呼吸が浅くなる。
「これは……やばいかもな」
誰に聞かせるでもなく、バージルは呟いた。
「――やばい? なら、もっとやばくしてやるよ」
ルメリアの首から掛けられているネックレス――魔道具が妖しく光る。
次の瞬間、バージルの足下が沼に変化する。
「――っ!」
咄嗟に抜け出そうとするも、体勢を崩し、バージルの動きが一瞬止まる。
「腕の一本くらいは、いいよなぁ?」
ルメリアの口元がゆがむ。
曲刀が夜気を裂いて振り下ろされようとしていた。
「――させるか!」
突風のように割って入ったのは、セラフィーネだった。
痛む足を庇うことなく駆け、渾身の一閃でルメリアを牽制する。
斬撃はルメリアの頬を掠め、紅い一筋の線が引かれる。
「ちっ、めんどくせぇなぁ!」
ルメリアは身体を翻して飛び退くと同時に、左手をギュッと握る。
空気が爆ぜた。ルメリアの頭上に生成されたのは、先ほどと同じ巨大な火球。
重々しく唸りながら、まるで生き物のようにゆっくりと回転している。
火球はルメリアの動きに合わせて移動し、彼女が腕を振ってセラフィーネを標的に定めることで、勢いをつけて向かっていく。
「同じ手は食わん!」
セラフィーネが地を蹴って転がり込むようにして躱す。火球が爆ぜ、地面がえぐれる。
その爆風に巻き込まれたバージルも、ようやく片足を無理やり引き抜くと、隣のセラフィーネに駆け寄った。
「セラフィーネさん、大丈夫ですか!」
「あぁ、何とか! しかし、このままでは二人ともやられてしまう! なにか作戦を――」
そのときだった。
風に乗って、聞き慣れた声が届いた。
「バージルさん!」
見上げると、火の手の向こうに、リーネットの姿があった。
安全圏に身を置きつつ、必死に何かを叫んでいる。
「――足を、足を取るんです!」
「足を…………そういうことか」
バージルの目に閃きが走る。
リーネットがそこまで予想していたかは定かではないが、様々な要素が、バージルの脳内で一つに組み上がっていく。
「セラフィーネさん、作戦があります」




