刃2
扉が開け放たれた瞬間、俺は無意識に大剣に手を伸ばしていた。
月光に照らされたその姿――黒ずくめの刺客たちは、ただの賊ではない。
目つきが違う。狙いは明確で、ためらいもない。
リーネットが息を呑む。だが、怯えてはいなかった。
彼女は倉庫の奥に下がりながら、すぐさま避難路への動線を確認している。動きに無駄がない。
彼女なりに、この日のための準備を重ねてきたのだ。
(……なら、俺のやることは一つだ)
敵の足取りが倉庫の床を軋ませる。
俺は一歩前に出て、大剣の柄を握り直した。
「へえ……なるほど。ちょっと歳はいってるが、いい顔してんな」
先頭の女が舌を鳴らす。
俺を品定めするような視線が、じっと肌を這った。
「てっきり貴族の坊やかと思ってたけど……これは掘り出し物だな」
「ヒョロい男共の泣き顔を見るのも興奮するけど、こういうのもいいなァ」
「体格がいいし、下もデカいんじゃねぇかぁ?」
仲間たちがどっと笑った。
その笑いには、悪意と本気の下心が滲んでいる。
「ただ、下手に動かれるのは厄介だ。片足くらい落としても、お頭は怒らないだろ」
「賛成。なんなら腕もいらないんじゃねぇ?」
盗賊をやっていることから予想はしていたが、人の腕や足を切り落とすとか、こいつらは常人ではない思考の持ち主のようだ。
「バージルさん……っ」
後ろから、リーネットの震える声が聞こえた。
「落ち着いて」
俺は小さく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
それから、リーネットの方へと顔を向ける。
「大丈夫です。……安心して、リーネットさんは後ろに下がっててください」
「でも……!」
「俺だけじゃない。セラフィーネさんもいる。絶対に、大丈夫です」
わざと笑ってみせると、リーネットは目を丸くして、少しだけ唇を噛んだ。
「……わかりました」
俺は頷いた。
それから――ゆっくりと、大剣を構える。
手のひらはまだ少し汗ばんでいたが、気持ちは不思議と静かだった。
「……やっぱり、面白ぇわ。男のくせに、剣なんか持ちやがって」
「なら、男に負けたら――もっと面白いんじゃないか?」
笑いが止まる。
一瞬で倉庫の空気が変わった。
「この野郎……ッ、調子に乗りやがって! 一発泣かせてやるよ!」
先頭の一人が飛びかかってくる。
鋭い軌道の短剣が、一直線に俺の胸元を狙っていた。
けれど、見えていた。
――ギリギリの距離で身を捻り、大剣を横に払う。
鈍い金属音とともに、短剣が弾かれ、逆に相手の腹部へ俺の剣の腹が食い込む。
「ぐっ……!」
唸る声と同時に、女が吹き飛ばされる。
壁に叩きつけられ、そのまま崩れ落ちた。
「――ふっ!」
相手の方が数が多い。ここでペースを握る。
俺は手にしていた大剣をぶん投げる。
槍のように真っ直ぐ空気を裂いて進む大剣は、入り口にいた一人に突き刺さって吹き飛ばした。
「――お、おい! こいつ、ただの男じゃねぇぞ!」
「なら、全員でいくしかねぇな!」
倉庫の狭い空間で、殺意が殺到する。
次の獲物はナイフか。
胸の辺りを刺そうとする手を止めると、賊はパッと手を離す。そして、落としたナイフをもう片方の手で掴む――ことはできない。
その攻撃を読んでいた俺がいち早くナイフを手にし、相手の腿と腕を切り裂き、腹にナイフを突き立てる。これで三人目。
「――うおおっ!」
大柄な女が咆哮をあげ、俺に拳を振りかぶる。
「効かないよ」
こんなもの、セラフィーネの一撃に比べたら屁でもない。
額で受け止めると、鋭いアッパーを喰らわせて意識を刈り取った。残るは後一人。
だが、最後の一人は俺の戦いぶりに恐れをなしたのか、向かってくることはなく後ずさる。
「こ、こんなの、男じゃ――」
そこまで言って、女は意識を失った。
倒れた女の背後には、鉄の棒を手にしたリーネットが立っていた。
「わ、私だって、意外とやるんですよ!
リーネットが棒を握りしめたまま、自らを鼓舞するように言った。




