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女性恐怖症を克服したおっさん、修行明けに貞操逆転異世界にブチ込まれる  作者: 歩く魚
鬼神

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20/44

 夜の空気が妙に重く感じられたのは、単なる気のせいではなかった。

 遠くから、低く唸るような音――それが雷ではなく、爆音だと気付いたときには、もう街が騒ぎ始めていた。


「……来たか」


 セラフィーネが立ち上がった。手にはすでに剣がある。

 リーネットと共に倉庫から出ると、市場の方角で、火の手が上がっているのが見える。

 数人の衛兵が目の前を走り抜けていく。


「リーネット、避難経路を確認しろ。バージル、倉庫を離れるな。奴らの狙いはお前だ」

「わかりました。でも、セラフィーネさんは……?」

「迎撃に出る。遅れれば、犠牲が出る。……それだけは防ぎたい」


 セラフィーネは走り出し、その姿はすぐに夜の闇と同化した。


「私たちは戻りましょう」

「……わかりました」

 

 俺とリーネットはすぐさま倉庫内に戻った。

 入口を塞ぎ、窓の鍵を確かめ、武器としてセラフィーネから借りた大剣を立てかける。手のひらがじっとりと汗ばんでいた。


「……街の人は大丈夫ですかね」


 そう呟くと、彼女はわずかに表情を曇らせ、すぐに小さく頷いた。


「狙いはバージルさんです。きっと、過度な被害は出ないでしょう」

「そう……ですよね。俺たちにできるのは、ここで守りを固めるだけ」

「はい。大丈夫です、倉庫裏のエリアは警戒の必要なしと判断されていますし、誰も――」


 その言葉が終わるよりも早く、どこかで物音がした。

 壁を隔てた向こう。水をかくような、湿った気配がある。

 雨の音とは違う。誰かがそこにいる。動いている。


「リーネットさん、裏の水路って、確か――」

「まさか……!」


 リーネットと同時に立ち上がった時、倉庫の扉が、勢いよく開け放たれた。

 暗闇の中に差し込む月光。

 そこに――複数の影が現れる。黒ずくめの軽装。手には短剣。


「……灰の牙か」


 先頭の女が、俺たちを見下ろしながら笑った。



 市場の裏手、煙がまだくすぶる石畳を踏みしめながら、セラフィーネは一人、また一人と盗賊を倒していった。

 剣の切っ先が火を裂き、金属の擦過音と断末魔だけが夜に響く。


「まさか……ここまで大掛かりに攻めてくるとは」


 セラフィーネは十人ほどの騎士団員を召集したが、明らかに人数が足りていない。

 敵の数はその三倍ほどいて、味方が押されているのを空気から感じ取っていた。


「だが、私が多く倒せば問題ない!」


 倒れた盗賊の持っていた矢を拾いあげ、すれ違いざまの敵の喉を正確に貫く。

 セラフィーネの剣が逆手に翻ったと思うと、返す刃で次の盗賊の膝を砕き、振り向きざまに肩口を裂いた。迷いも容赦もない動き。


「――次ッ!」


 周囲を見渡す。息を切らしている暇はない。

 しかし、あることに気がつく。

 

(――道を、開けている?)


 敵の配置に不自然さを感じる。

 一般的な盗賊は略奪に意識を割くあまり、戦闘中の陣形などにはあまり気を使わない。

 その道では一流と表現できる灰の牙は別だ。

 統率の取れた動きで相手を翻弄することを得意としている。

 ならば、これは一体なんだというんだ?

 警戒する間もなく、空気がひときわ冷えた。

 気配が変わる。肌を刺すような、洗練された殺気が風に混じってくる。

 路地の奥から、一人の女がゆらりと姿を現す。

 長身で痩躯、漆黒の外套の下に鋭利な鎖骨がのぞき、右手には曲刀。左手には、血で濡れた騎士団の腕章。


「……あんたか。噂の騎士団長」


 女の目には、狂気ではなく、冷えきった理性があった。

 セラフィーネは即座に構えを取り直す。


「名を名乗れ」

「灰の牙、団長──ルメリア。……あたしに勝てたら、名簿にでも記すといい。あたしが勝ったら――」


 ルメリアはボロ布のような服をまくり、腹を見せた。

 そこにはナイフで付けたような無数の、しかし一定の意図がある跡。


「ここに大きく刻んでおいてやる――よッ!」


 次の瞬間、黒い弾丸が飛び込んできた。音を置き去りにするほどの速さ。

 金属が激しくぶつかり合い、火花が弾ける。

 セラフィーネの身体が、弾き飛ばされた。


「くっ……!」


 受け流すはずの一撃に、肩口まで切り裂かれかけた。

 鎧がなければ、かなりのダメージだっただろう。


「……随分、鋭いな。私でなければ、今の一撃で死んでいた」

「死ぬのは変わらないんだ。大人しくしなよ」


 大剣で器用に弾く火花の向こう、黒い刃が踊る。

 セラフィーネは後退しながら体勢を整えようとするが、その足元すら狙うように、ルメリアの攻撃は止まない。


(速い……!)


 読み切れない動きではない。しかし、対応する暇がない。

 剣士としてのセラフィーネは、常に理で構築された動きで戦ってきた。

 研ぎ澄まされた剣技と、徹底的に削ぎ落とされた無駄のない判断力――だが、目の前の敵は、理の裏を突く。

 頭を狙ったと思えば足に、攻撃の途中なのにナイフを空中に弄ぶ。即座の判断ができない。


「なあ、騎士団長さん。そんな綺麗な剣じゃ、殺しの剣には勝てないよ」


 ルメリアは笑っていた。重たく息を吐くセラフィーネを見下ろすように。


「もっと泥を舐めなきゃ、あたしみたいに強くなれないよ?」

「貴様のようにはなりたくない」


 冷たい声が返る。

 だが、その一言にルメリアの口元が吊り上がった。


「そう、そうだよな……奪うためじゃなくて、守るために戦ってるんだから――だから死ぬ」


 再び、曲刀が唸った。地を擦り、空を裂く。

 一撃ごとに鋭さが増し、まるで斬撃の雨のように降り注ぐ。

 セラフィーネは耐えている。だが、動きが鈍り始めていた。

 徐々に増え始めた裂傷がじわじわと体力を奪い、足元も少しだけふらつく。

 痛みに耐えながら、彼女は自分に問いかける。


(ここまでか? 違う、まだ――)


 血が喉に上がる。

 立ち止まれば、命を失う。

 なら、進むしかない。

 セラフィーネは肺から空気を追い出し、踏み込んだ。

 逆風を切り裂き、ルメリアに向かって一直線に剣を突き出す。


(――届く!)


 だが、切先はルメリアを捉えない。

 ――捉えている、はずだった。

 確かにそのはずだったのに、セラフィーネの予想よりも、遥かに自らのリーチが短い。


「……甘いんだよ。足元をよく見てみな」


 その言葉に、セラフィーネは自分の失敗を理解する。


「――魔道具か!」


 視線を落とせば、足元の石畳が――まるで粘土のように歪んでいた。

 濡れた靴底が沈み、力が逃げていく。


「あたしたちは命をかけてるんだよ。それに見合う品を手に入れてないと思ったか?」


 ルメリアが口元を歪める。

 その声には快楽すら滲んでいた。

 力を入れて足を引き抜こうとするが、遅い。

 足の自由を手に入れるより早く、首を飛ばされてしまうだろう。


「ほら、こんなものもあるんだ」


 ルメリアが左手を握るようにすると、彼女の頭上に、膨れ上がるように巨大な火球が現れる。

 燃え盛る魔力の塊。

 常人なら、視界に入っただけで戦意を喪失するほどの威圧感。

 

(このままでは……受けきれない)


 セラフィーネは剣を構える。しかし足が動かない。

 防御も回避もできない。


「あたしらは男を手に入れる。そのために――死ね」


 火球が振り下ろされる――間に合わない。


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