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男は、いつ何時もーー2

「――――」


 扉の先には、あの時と同じ、見慣れた景色が広がっているように思えた。

 あれだけ年月が経ったのに、世界は何も変わっていないのか。

 まぁいい、そんなことは関係ない。

 再び現実に舞い戻った私は、目を閉じて「その時」を待った。

 どこから何が来るのか。何がきても、私は笑って迎え入れるとも。

 男は、いつ何時も堂々と――その言葉を、心の中で繰り返す。


「………………」


 一時間ほどが経った。

 だが、いくら待っても何も起こらない。

 風の音、鳥の声、虫の羽音――それらがただ通り過ぎていく。

 背後を見ると、扉は影も形もなくなっていた。

 まるで最初から、そんなものは存在しなかったかのように。

 やがて、私は納得した。そうか、死まで私に選ばせてくれるのかと。

 神は生き方を選ばせてくれただけでなく、死に方までも委ねてくれた。

 逃げず、怯えず、自ら幕を引けるだけの自由を与えてくれた。

 ――こんなにも、こんなにも寛容なのか。

 私は昂る気持ちを抑えきれず、涙を流しながら山頂へ向かう。

 あの時は肩で息をしていたが、もはや山道など取るに足らない。

 ものの五分もしないうちに、私は全てを見渡すことができる山頂へと――。


「……どういうことだ?」


 目を疑った。世界は様変わりしていた。

 先ほど、世界は何も変わっていないのかと失望したが、それを撤回するつもりはない。

 というか――世界が変わりすぎている。

 本来なら、山頂からは冒険者学校の屋根や住宅地が見えるはずだ。何世紀もかけて人間が発展した証が。

 それがどうだ、いま私の視界に広がっているのは一面の草原、そして人々が住まう小さな街らしきものが二つ、離れた場所に佇んでいるだけ。 

 進歩していない。むしろ退化している。


 ――いや違う。私にはほとんど魔力がないが、魔力をなんとなく感じることくらいはできる。

 その感覚が、当時に空気中を漂っていた魔力と今の魔力が全くの別物だと告げている。

 何が起きている?

 決して動揺はしていない。していないが、心の奥が、うっすらと冷えるのを感じる。

 事の真相を確かめるべく、私は山を降りることにした。


 山を降りた私は、先ほど山頂で確認した街を目指して草原を駆ける。

 身体が風になったかのようだ。以前とは比べ物にならない脚力が、私の疑問を解決するために一役買ってくれた。

 ――だんだんと人里が近づいてくる。

 おかしい。街の外周に、明確な入り口がある。

 魔物は、基本的にダンジョン内で生まれる存在だ。

 地上に出てくるのは、特殊なケースに限られている。

 世界の中に街やダンジョンがあるのではなく、世界という名の街の中にダンジョンがある。

 ダンジョンは国家の管理下に置かれ、都市とダンジョンは一体化して存在するのが常識。

 それに対して、今の状況は前者。漫画などでしか見られない、ファンタジーで発展途上なものだった。


 ……この数十年の間に何が起きた?

 

 答えが出るより早く、私は街に到着した。

 街は水堀で囲まれ、正門には高さ三メートル近い門が構えられている。

 その前に立つのは、全身鎧の門番。

 プレートアーマー――昔の儀礼用装備に近いもので身を包んでいる。

 その男が、私に向かって声をかけてきた。


 「――おい! お前、男か?」


 背丈は百七十くらい。鎧で顔が隠れていたために男だと思い込んでいたが、その声は紛れもなく女性ものだった。

 瞬間、背筋に悪寒が走るが、すぐにそれを蒸発させる。

 今の私には、相手の性別など関係ない。毅然と答えるのみ。


「はい。私は男ですが、どうかされましたか?」


 ただ聞き返しただけだが、門番は妙にぎこちない。


「い、いや……別にどうもしてはいないんだが……そ、そのっ! 貴方は見かけない格好だが、どこから来たのですか?」


 なるほど。怪しまれている理由は服装か。

 私の格好は父親が持っていた服を白い部屋で再現したものだったが、今の流行ではないらしい。

 それで不審に見えたから、門番は俺へ厳しい態度をとっていたわけか。

 しかし、なんと答えれば良いものか。


「ええと……私は、その……」

「あ、あぁ、良いのです! 男性がおいそれと出身を明かすわけにはいきませんからね、大変失礼いたしました! 男性が一人で街へ来るというだけでも危険なのに、こんなところで立ち話しているわけにもいきません。さぁ、お通りください!」

「……? あ、ありがとうございます」


 引っかかるところがいくつかあったものの、無事に街の中へ入れてもらえることになった。

 門をくぐる際、門番がやたらと熱い視線を向けてきた気がするが――逆に、今の時代だと最先端の服装だったりするのだろうか。

 

 さて、果たして街の様子も古めかしいものだった。

 道の両脇には木組みの家や露店が軒を連ね、蔦の絡む窓辺がどこか牧歌的だった。

 通りに面した露店では、商人たちが声を張り上げて品物を売り込んでいる。


「朝市だよ、朝市! 今朝届いたばかりの東方の果物よ!」

「旅人さん、こちらはモンスターの血がついても匂いが上書きされない香水です。お一ついかがです?」


 モンスターが存在するというのは以前と変わらない部分だ。少し安心する。

 だが、どうにも違和感がある。私が世界に対して感じていることを、世界は私に対して感じているのかもしれない。

 店主の代わりに売り込みをしている女性たちが、私を見て――皆一様に放心したように動きを止めてしまう。

 目が合った瞬間、まるで時が止まったようだった。

 商人の口が、言葉の途中で固まるのを見て、ようやく理解が追いつく。

 早足で大通りを抜けると、広場へと出た。

 大きな噴水。その噴水を囲むように石造りの建物が立ち並び、さらに人で賑わっている。

 平和な世界。その営みを感じることはいいことだが、ここでようやく、俺は一つの異質さに気が付いた。


(――男が、一人もいない)


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