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3人の生活3

 結局、俺たちは、しばらくこの場所でゆっくりしていた。

 夕暮れの色が街に染み始めた頃、そろそろ宿へ戻ろうという話になる。

 だが、大通りを抜けようとしたそのとき――制服姿の衛兵二人が、俺たちの前に立ちはだかった。


「……失礼。おふたり、少々お時間よろしいでしょうか」


 声は丁寧だったが、その目は俺を警戒していた。

 というより、俺を見て「混乱している」と言った方が近いかもしれない。


「お名前と、現在の所属を確認させていただいても?」


 衛兵の一人が、慎重な口調で尋ねる。


「俺はバージルです。ええっと……」

 

 言い淀んでいると、隣にいたリーネットが、すっと前に出た。


「この方は現在、都市案内人の監督下にある男性です。保護許可は神聖騎士団より正式に承認されています」

「神聖騎士団の……あなた方が……」


 驚きがそのまま口に出ていた。

 彼女らも、男が街にいること自体に相当面食らっているらしい。


「身柄は登録済みです。問題があればギルドか、騎士団へ直接どうぞ」


 その口調は穏やかだが、ほんの少しだけ、リーネットの背筋が伸びているのが分かった。

 威圧しているのではなく、舐められないための強さ。

 俺はただ黙ってそれを見ていた。

 衛兵たちは顔を見合わせ、頷く。


「ご協力、感謝します。ご不快にさせたなら、申し訳ありません」


 それで終わりかと思ったが、衛兵のうち一人が俺の方へ歩み寄り、強く両手を握った。


「先日は、盗賊から街をお守りいただき、本当にありがとうございいました。男性というだけで危険なのに、自ら戦われるなんて」


 衛兵の手は、妙に熱を帯びていた。


「……あ、いえ。俺は……その、たまたま、みたいなもので……」


 こう正面から来られると、上手く言い返せない。

 場所が場所なため感覚が麻痺していたが、よく考えたら俺には女性経験が皆無だ。

 目の前にいるのはただの衛兵だが、距離が近くなると、なぜか目のやり場に困る。

 緊張を誤魔化すように、俺は目線を逸らした。

 ふと見ると、隣のリーネットがじっとこちらを見ている。


「人気者ですね、バージルさん」


 笑顔だったが、なぜか目が笑っていない。


「そろそろ帰らないといけませんねぇ。待ってますから、セラフィーネ様が」


 にこやかに告げられたセラフィーネの名を聞いた瞬間、衛兵はぎょっとして去っていった。

 見送ったあと、リーネットは小さく「ふう」と息をついた。


「騎士団の名前を使えるっていうのは、かなり便利ですね。私でもバージルさんを守れますし」

「セラフィーネさん、ちゃんと話を通しててくれたんですね。正直、半信半疑で……」

「まぁ、何かとバージルさんのことを目の敵にしてますからね」

 

 信じるしかないのは理解しているが、彼女が本心で何を考えているのか分からない。

 ひとまず、ロザリアでの生活の安心感が増したのには感謝だ。


「彼女は戦いだけじゃなくて、他の部分でもしっかりしてるってことですね。ほんと、抜けてるところなんてないんじゃないですか?」


 冗談に聞こえない評価に、俺は苦笑で返した。

 


「――――あの」


 宿の扉を開けた瞬間、空気が変わった。

 部屋の中央に立っていたセラフィーネは、俺たちに気付くと片手を上げる。


「遅かったな。街の観光はどうだった? 簡単なものだが、料理を作っておいたぞ」


 そう告げるセラフィーネは、昼間とはまるで違う装いをしていた。

 黒く淡い薄布を重ねた、身体の線がやたらと浮き立つ部屋着。

 鎧の重厚さの記憶があるだけに、視覚的なギャップがとんでもない。


「ええとセラフィーネ様……そのお姿は?」

「これか? 寝巻きを洗濯に出してしまったから、着るものがなくてな。帰りに店に寄って勧められたものを買ってみた」


 まったく悪びれた様子もなく、セラフィーネはいつも通りの調子で言ってのけた。


(勧められたって、明らかに狙ってるやつだろこれ……)


 いくら経験がなくたって、これくらいわ分かる。

 俺は咄嗟に目を逸らしたが、遅かった。

 黒い薄布の隙間から透ける肌の色、柔らかく波打つ布地、その動きだけで刺激が強すぎる。

 横を見ると、リーネットが固まっていた。

 目をぱちくりさせたまま、口が開きかけて止まっている。


「完璧な人間って、いないんだなぁ……」

「ん? 何か言ったか?」

「いえっ、なんでもありません!」


 首を傾げるセラフィーネ。

 本当に、意図してやってるわけじゃない。

 

「とりあえず座れ。冷める前に食べた方がいい」


 当たり前のように振る舞うセラフィーネの背中を見て、俺たちは焦るのも馬鹿らしくなり、夕飯を食べることにした。

 

 食卓に並んでいたのは、シチューのような煮込み料理と、薄く焼かれたパン。

 見た目に反して、しっかりとした味付けがされていて、俺もリーネットも黙々と食べ進めていた。


「セラフィーネ様、これ意外と――いえ、すごくおいしいです」

「味見はした。だが、料理は分量さえ守れば誰でもできるだろう」

「いえ、そういうものでは……」


 ちょっと得意げな様子を隠しきれていないセラフィーネに、リーネットが苦笑を浮かべながら返す。

 その時、不意にセラフィーネが服の裾を引っ張りながら、ぽつりとつぶやいた。


「この服……戦闘には、あまりにも不向きだな。胸が揺れて斬撃の軌道が狂う」


 盛大にパンを吹き出したのは、リーネットだった。

 俺も危うく、パンではなく舌を噛みそうになった。


「せ、戦闘を想定してたんですか!? 今の格好で!?」

「いかなる状況でも、油断は禁物だからな。寝込みを襲われる可能性もある」

「いやでもそれは、その、違う戦闘で使うものであって……」

「違う戦闘……どういうことだ?」


 セラフィーネが真顔で問い返してきた。

 しかも、若干前のめりで。興味津々、といった様子で。


「いや、それは比喩というか………………要するに、せ、性交渉の際に使うもので……」


 リーネットの声が、後半へいくにつれてどんどん小さくなっていく。


「……どういうことだ? どうして女の側が?」


 その質問が、あまりにも真剣だったので、俺とリーネットは同時に固まった。

 沈黙が数秒、部屋に落ちる。


「えっ……いや……え?」


 リーネットがパニックのあまり、意味のない言葉を繰り返す。


「私には経験がないが……男は寝ているだけなんだろう。それに、男の性欲は自分でコントロールできないものらしいじゃないか」

「いやいやいや、寝てるだけって……!」


 リーネットが慌てて立ち上がる。

 顔も、耳も真っ赤に染まっていた。


「そ、そもそもそういうのは、もっと……お互いが合意のうえで、ちゃんと準備とか、気持ちの……その、いろいろが!」


「気持ち……?」


 セラフィーネは理解できていないようだ。

 いや、俺にも分かる。リーネットの言っていることは正しいが、おそらくこの世界においてはセラフィーネの考えの方が一般的なのだ。

 

「だいたい、性欲がコントロールできないって、そんな風に思われてるのも偏見です! ね、バージルさん!」

「お、おぉ……ええと……まあ、頑張れば……?」


 なぜ俺に話が振られるんだ。


「……まぁ、なんであれ私には関係のない話だな。私からしたいと懇願する相手なんて、この世に存在しない」

 

 この話の間にも、セラフィーネは食事を摂っていたようだ。「理解は深まった」と頷きながら皿を片付け始める。

 俺は一息ついて、ようやく落ち着いたシチューを口に運んだ。

 その向こうで、リーネットがほんの少しだけ口を尖らせていた。

 


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