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3人での生活2


 昼下がり、俺はリーネットとロザリアを巡ることにした。

 正確に言えば、俺がリーネットに頼み込んだのだ。

 もう何日もここから外に出ていないし、新鮮な外の空気が恋しくなっていた。

 白い部屋にいた時には、こんな気持ちにならなかったんだけどな。疑問に思ったが、流石にあの部屋とは事情が違いすぎる。

 というわけで、彼女に提案してみた結果――。


『うーん……セラフィーネ様が話を通してくれているなら、きっと捕まりはしないでしょうし、襲われてもバージルさんなら逃げられる……まぁ、大丈夫、かなぁ……』


 と、かなり怪しさは残るもののOKをもらえた。

 彼女自身も外に出たかったのかもしれない。


「さぁて、私たちもそろそろ行きましょうか」

「お願いします!」

「なんていうか、めちゃくちゃ楽しそうですね……」

「そりゃあそうですよ! 定番ですし!」

「定番……?」


 気になる点はあれど、初めての場所というのはテンションが上がるものだ。

 俺は今まで旅行なんてものをしたことがないし、異国――いや、異世界の街並みを、好奇心のままに歩けるなんて贅沢すぎる。


「バージルさんが乗り気なら、私も都市案内人としての実力をお見せするとしましょう。……普通の冒険者の方って、正直あんまり反応が良くないんですよね」


 そう言って、リーネットは寂しげに肩をすくめた。


 

 ロザリアの街路は、昼下がりでも思った以上に活気に満ちていた。

 陽の光を反射して白くきらめく石畳、その上をすり抜けるように行き交う人影。

 ……いや、ほぼ全員が女性だった。

 年齢も服装もさまざまだが、それぞれが自分のペースで日常を送っているよう。

 笑い声が所々から聞こえてくるが、男性の豪快なそれは全くない。


「どうですか、バージルさん。なかなかに立派な都市でしょう?」


 横で歩くリーネットが、少し得意そうに胸を張る。

 都市案内人としてのプライド、というやつだろうか。

 彼女はロザリア出身ではないようだが、しばらく住んでいると愛着が湧いてくるのかもしれない。


「ええ、すごく整ってるというか……活気があるんですね」


 素直な感想だった。

 建物の造りも、街並みも、見渡す限り、どこか洗練されている印象がある。

 ――だが、それでも。

 視線が刺さる。視線の密度が異常だ。


「……あの、バージルさん。あまり他の人と目を合わせない方がいいかもしれません」

「それは……どうして?」

「その、ちょっと……刺激が強すぎるというか……」


 彼女の言う通りだった。

 すれ違うたびに、あからさまにこちらを見る者がいる。

 露骨に足を止める者、こっそり友人に囁きながら振り返る者。

 好奇心、警戒、あるいは――おそらく欲の混じった視線。

 全てが混ざっている。


(こういう世界なんだよなぁ)


 男が街を歩くだけで注目される、という感覚は、あまりに異質だった。

 元の世界にいた有名人は、きっとこんな毎日を送っていたのだろう。

 視線を集めるというのは……思っている以上に精神に圧がかかる。

 慣れない地なのもあって、俺は自然とリーネットの背を頼るように歩いていた。


「……迷子にならないでくださいよ?」


 と、彼女がぼそっと言ったその言葉は、いつもの冗談っぽさよりも、ほんの少しだけ強かった。

 


 街を歩いているあいだ、ずっと視線を感じていた。何気なく見回すたび、何人もの視線がすっと逸れる。

さすがに疲れてきた俺は、どこかで一息つこうと提案してみたのだが――。


「この通り、良さそうじゃないですか?」

「ダメです。ここで挟まれたら終わりです。逃げ場がないので」

「そんな危険地帯なのか……」


「こっちにはなにがあるんですか?」

「あっ、この通りはやめましょう。ここで挟まれたら逃げられません」

 

「このカフェは地下に座敷があるから、あまり見られずに済むと思います」

「いいですね! それじゃあここに――」

「ただ、店主が性欲の化身らしいので、とんでもないことになるかも……今日はやめておきましょう」

 

 こんな感じで何かと制約があり、散歩がメインになってしまっている。

 そんな時、歩き続けていた足が、ふと止まる。

 リーネットが少しだけ振り返りながら、細い路地へと俺を促した。


「こっちです。ここが、街で一番静かな広場です。実はこの時間、巡回の交代があって……人の流れが一瞬だけ落ち着くんです」


 視界が開ける。小さな噴水と、丸く囲うように配置された石造りのベンチ。

 陽が斜めから差し込む場所に、ほんのり風が流れていた。

 街の喧騒はすぐ近くにあるはずなのに、この空間だけが、妙に取り残されているような感覚。


「……すごいですね。急に音が消えたみたいで」

「音って、建物と建物の隙間で跳ね返って重なるんです。この広場は通路の真ん中にぽっかりと空いているから、音が一度、抜けるんです。街も生きているみたいでしょう?」


 笑ってそう言った彼女の声が、不思議とよく通った。

 彼女はロザリアを肌で知っているのだ。

 しばらくの静寂のあと、俺が無意識に目線を向けた先に、一人の女性が立っていた。

 通りの向こう。ずっとこちらを見ている。

 ……視線の質が悪いわけじゃない。

 でも、ずっと見てくるのは、やっぱり落ち着かない。


「あの人、さっきからずっと見てますね……」

「大丈夫です。あの人、ただのパン屋の奥さんです。好奇心が強いだけで、悪気はありませんよ」


 穏やかな調子のまま言い切るリーネットの言葉に、不思議と緊張が解ける。

 俺は小さく息をついて、ベンチの端に腰を下ろした。

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