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3人での生活

 目を覚ますと、隣から妙に落ち着きのない気配がした。

 視線を向けると、リーネットが布団を被ったまま端に縮こまり、気配を消している。

 明らかに無理があるが、本人は隠れているつもりらしい。


「おはようございます……」

「お、おはようございます!」


 返事はきたものの、声が裏返っていた。

 朝から気まずいが、男一人に女二人。寝床が一つしかないという状況。

 俺は床で寝ると言ったが、二人が「男性の健康が最優先」とかなんとか言って、結局俺を真ん中に川の字で寝ることになってしまったのだ。

 俺としても気を使ったつもりだったが、昨晩は両側がずっとモゾモゾしていたし、どう考えても無理があった。両側といえば――。


「セラフィーネさんは?」

「もう外に出てますよ。夜明け前には剣の素振りに出ていったみたいです」


 扉の隙間から声がしたと思ったら、すでに全装備のセラフィーネが、黙々と訓練をしている姿が見えた。


「何時から動いてるんだあの人……」

「さ、さすが騎士団長ですね……」


 セラフィーネが戻ってきたのは、日も高くなった昼過ぎだった。

 手には、新聞と焼きたてのパンが数本。しかも高級そうなやつ。


「……まさかそれ、買ってきてくれたんですか?」

「当然だ。共同生活をする以上、最低限の物資の調達は義務だろう」


 淡々とした口調で言うが、どこか少し得意げに見えるのは気のせいだろうか。

 リーネットと共にパンを受け取り、口に放り込んでみたいが、めちゃくちゃ美味い。

 元の世界で食べていたパンとはまるで別物だ。表面は薄く香ばしく焼かれていて、中はもっちり、ほんのりと甘みすらある。バターの香りも食欲をそそる。


「おいしい……」

「おいしいですね……」

「当然だ。男と違い、私は舌も鍛えられているからな」


 妙なところで誇らしげなセラフィーネに、思わず笑いそうになる。が、彼女はすぐに新聞を畳み、その表情を引き締めた。


「……ところで、灰の牙という名に覚えはあるか?」


 手が止まる。俺とリーネットが顔を見合わせた。


「先日お前が倒した者たち。あれは灰の牙の末端、というより捨て駒に過ぎない」

「捨て駒……って、街の警備はやられちゃったましたよ?」

「奴らの本隊は、組織された戦闘部隊として、騎士団の中堅とやり合える水準だ。――いや、場合によっては、それ以上の力を持つ者もいる」


 セラフィーネの声に、微かに苛立ちが混ざる。

 どうやら、彼女にとっても灰の牙は侮れない存在らしい。


「……灰の牙の基本的な行動理念は略奪だ。弱いものから奪い、自分たちの私服を肥やす」


 いかにも盗賊っぽいな。


「もともと、あいつらは私が追っていてな。リュミナリオス王国で盗みを働こうとしていたんだ」


 それをセラフィーネが止め、追いかけていた時にロザリアに辿り着いたわけだな。

 考えていると、彼女は俺を見ながら「ただ」と言葉を続けた。

 

「これからは、さらに厄介なことになった」

「厄介……っていうのは?」

「奴らは金になるものを追う、それだけの集団だ。――お前は、金になる」

「……はい?」

「男が自力で戦った。騎士団長と戦い、運良く生還した。……そんな話が広まれば、どうなる?」


 彼女の言葉に、リーネットが小さく「ヤバい」と漏らす。


「買い手が現れる。見世物として、研究対象として、あるいは強い子を産める可能性の高い繁殖用の種として。連中にとって、お前は商品だ。まだ誰の管理にも属していない無主物なら、なおさらな」


 俺の背筋が、すうっと冷える。


「なんとしても貴様を捕らえようとしてくる可能性がある。まぁ、同時にその時がチャンスでもある」


 一網打尽にする、というわけか。


「その時は、貴様にも働いてもらおう」

「そ、そんな! バージルさんを危険に晒すつもりですか!?」


 リーネットの語気が強くなる。だが、セラフィーネは一切動じなかった。


「私はまだ、正式に命じたわけではない。今はただ、可能性の一つとして話しているだけだ」


 それは、脅しではなかった。

 ただ淡々と、騎士としての現実を口にしているだけだった。


「貴様がどう動くかによって、灰の牙の行動も変わるだろう。そのとき、協力してもらう可能性がある――それだけの話だ。本当にバージルが強いのであれば、生きて帰れるさ。灰の牙の捕獲に貢献したとなれば、問題の解決にも繋がるかもしれないぞ?」


 問題の解決――つまり、騎士団の管理下に入らなくても良いと認められるかもしれないということだ。

 エサをぶら下げられていると理解しているが、今の俺には他に選択肢はないように思える。


「しばらくは様子見だな。私はこれから、この街の警備陣と情報部に連携を取る。奴らが次にどこを狙うか、その兆候がないかを洗い出す」


 セラフィーネは椅子の背に掛けていた外套を手に取ると、それを軽やかに肩に羽織り、「夜には戻る」と告げると去っていった。


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