選べ2
セラフィーネは交渉に向かないと自分を評価したが、実際には、かなり強かだ。
頭の中で、もしこの提案を断った場合の未来をいくつか並べてみた。どれも、リーネットを巻き込む危険性が高すぎる。
ここで強情を張れば、たぶん本当に、彼女は俺を守るために無理をする。
そして、誰かが――また、大切な誰かが、俺の目の前で傷つくかもしれない。
(……それだけは、絶対に嫌だ)
ゆっくりと顔を上げ、答えを出せないでいるリーネットに頷く。
すると、彼女は俺の意思を汲み取り、セラフィーネに言葉を告げた。
「……分かりました。その提案、受けます」
彼女の声は少しだけ硬かった。
セラフィーネは眉ひとつ動かさず、ただ頷く。
「それでは、私はこれから日用品を持ってくる。必要なものはあるか?」
「……へっ?」
リーネットが目を丸くしたのも無理はなかった。
今まさに、監視か拘束かの瀬戸際のような緊迫感だったというのに、セラフィーネはまるで、これからルームシェアを始めるかのような口ぶりだ。
「ま、待ってください。もしかして、ここで一緒に暮らすつもりですか……?」
「当然だろう。共同管理とは、そういうことだと理解しているが?」
「い、いえ、言葉の上ではそうですけど……!」
リーネットがうろたえるのをよそに、セラフィーネは実に淡々としていた。
もしかすると本当に、彼女はこれをただの観察の一環として捉えているのかもしれない。
「……じゃあ、私は掃除しておきます……」
受け入れてしまったし、向こうに敵意がない以上、断ることはできない。
リーネットが半ば呆然と呟き、箒を手に取る。
セラフィーネはそれを横目に見て、こちらに一度だけ視線を投げた。
「バージル、貴様が取るに足らない男の中では見所があるのかもしれないが、それは上っ面だけに過ぎない。すぐに見抜くぞ」
「それでも構いません。俺も、あなたがどういう人なのか、見させてもらいます」
突っぱねたつもりだったが、何故かセラフィーネは少し嬉しそうに口の端を吊り上げた。
どこか満足げな表情。鋼のような意思の奥に、微かに隠された何かが見えた気がする。
……頬が赤く染まっているような、気のせいだろうか?
「少しは骨のあることを言うようだな」
そう言い捨てて、彼女は軽やかに背を向けた。
そのまま、扉の外へ出る。
「一刻もしないうちに戻る。寝床のスペースは空けておけよ」
「寝床の……えっ、セラフィーネ様!? 一緒に寝るつもりですか!? 本当に!? 私たち、寝るところ一つしか――」
扉がばたんと閉じられた。
リーネットの叫びは空しく、夜の風にかき消される。
――こうして、俺とリーネットとセラフィーネの、奇妙な共同生活が幕を開けた。