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保護官2

「その手が――あった……!」


 何かに取り憑かれたように立ち上がったリーネットは、部屋を数歩うろついたあと、持参したカバンの中から厚手の冊子を取り出した。

 表紙には、ギルドにあったものと同じ印章が描かれている。


「本来、保護期間の延長は不許可が原則なんですけど……方法が、ないわけじゃないんです。あります、ひとつだけ!」

「その方法って?」

「……保護官のいない男性が、ある程度の社会的信用を持つ女性に対して保護を求めた場合、その相手を保護官にすることができるんです! ほら、ここに!」

 

 言いながら、彼女は勢いよく書類を指差した。


「元々は、上流階級の間で男性の取引がある場合に使われていた法律なんです。でも、今では誰かが正式に申請してしまえば、貴族だろうが騎士団だろうが、後から口を挟むのはかなり難しい」

「抜け道、的な感じですね」

「その通りです。これなら、いけます」


 リーネットの声には明確な確信が宿っていた。

 けれど、同時にその瞳には、ほんのわずかな、ためらいの色も見える。


「……でも、問題は社会的信用ってやつですよね。都市案内人って、その条件に該当するんですか?」


 俺の問いに、彼女は頷いた。


「都市案内人は、公的機関の末端にあたります。大きな権限はありませんが、そのぶん中立であると見なされやすい。保護官としての信用は十分……では、あり……ます」


 急に語尾が曖昧になった。


「ど、どうしたんですか?」

「ええと……ただ、その場合、私たちの関係は『婚約者』とか『将来の配偶者候補』になるんです……」


 ぽつぽつと声が小さくなり、彼女は耳まで真っ赤に染めて顔を伏せた。


「な、なんだそれ……」


 書類上の保護とはいえ、これは一種の契約。

 外から見れば夫婦か婚約者扱いになる……ということか?

 白い部屋で一通りの書物は読んだが、やはり法律関係はよく分からない。

 それが別の世界の、しかも過去の文明のものなら尚更だ。


「……でも、それってリーネットさんにメリットがありませんよね。俺のこと好きなわけでもないし、俺の保護官になるからって、厄介ごとが増えるだけだ」


 俺はそう言いながら、苦笑いを浮かべた。

 この二日で、彼女がどれほど気を遣ってくれていたかは、見れば分かる。

 それをさらに負担させるなんて、気が引けて当然だった。

 だが、リーネットは少しの間考え込んだあと、意外なほどあっさりと頷いた。


「……確かに、あなたは魅力的な男性ですが、本当に魅力の塊のような存在ですが、感情的には私はあなたに特別なものを持ってるわけじゃありません。でも……利点が、ないわけじゃないんです」


 そう言って、彼女はすっと目を細め、指でテーブルの上を軽くなぞる。


「……都市案内人って、地味な仕事なんです。普段は、依頼を求めてやってきた冒険者に快適に過ごしてもらえるように街を案内するだけ。功績が立つような仕事でもない。冒険者たちが依頼をこなす間、私はただ、街を案内するだけ。地図が歩いてるのと同じなんです」


 リーネットは苦笑して、わずかに肩をすくめた。


「お給料だって、たかが知れてます。田舎には……母がいるんです。父が亡くなって、他にも頼れる人がいない、母が」


 その一言に、俺は自然と耳を傾けていた。


「父が亡くなって、もうだいぶ経つけど……母は、それからずっと一人で畑を守ってきました。親戚も少ないし、隣人付き合いも希薄な地域で、弱音も愚痴も言わずに。毎回、手紙の最後には『リーネが元気なら私はそれだけでいい』って、必ず書いてくるんです」


 リーネットの声は淡々としていたけれど、その言葉の端々に滲む感情は隠しきれない。


「私は、母に恩返しがしたいんです。立派な姿を見せて、大きな家を建ててあげて――もしかしたら、私があなたを保護すれば、私の価値を見直してもらえるかもしれない。バージルさんのような型破りな、男性の常識を塗り替える人と一緒にいれば、上層部から推薦を受ける可能性だってある。……あなたを守る力はないし、逆に守られることになりそうですけどね」


 彼女の声には、現実を冷静に見据えた力があった。

 それは決して下心や打算ではない。

 彼女は俺の存在を守り、俺は彼女の命を守る。

 俺を道具として見てるわけでも、消極的な善意で守ってくれてるわけでもない。

 俺たちで支え合おうという提案だった。それならば……。


「――じゃあ、お願いします。リーネットさん」

「えっ……ほ、本当に、いいんですか?」


 リーネットの瞳が大きく見開かれる。


「俺も……正直、このままどこかの国や貴族に管理されるのは嫌です。これから何をすればいいのか分からないけど……自分の道は、自分で決めたい」


 今の所、これが俺の中で揺るがない、唯一の願いだった。

 誰かに飼われるんじゃなく、自分の足で、この世界に立ちたい。


「お互い、利害一致……ってことで、どうですか?」


 そう続けながら、俺はゆっくりと右手を差し出した。

 リーネットは数秒の間、躊躇いがちにその手を見つめたあと、ゆっくりと、自分の手を重ねてきた。

 小さな手だった。だけど、強く、まっすぐに握り返してくるその力には、確かな決意が宿っていた。


「……はい。こちらこそ、よろしくお願いしますね、バージルさん!」


 屈託なく笑うリーネットを見て、思わず俺も微笑んだ。

 この世界で、初めて結んだ約束だった。

 

  ――コン、コン。


 その時、木製の扉が、二度だけ叩かれた。


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