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模擬戦3

「私を失望させるなよ」


 セラフィーネがそう言った次の瞬間、俺の視界から彼女の姿がかき消えた。

 背筋に冷たいものが走る。威圧感の塊のような相手が霧散した。音も、影もなく。

 地面を踏み砕くような音が広場に響き渡り、鼓膜を震わせた。

 気がつけば、ほんの一瞬前まで数メートル先にいたセラフィーネが、俺の目の前にいる。


(――速いッ!)


 風圧が遅れて俺の頬を撫でる。

 もはや瞬間移動にも似た速度での移動。

 セラフィーネの持つ大剣の、金属の匂いが近付いてくる。

 肩口を狙っての振り下ろし。

 寸止めをするつもりかもしれないが、その勢いは明らかに命を狙ったそれだった。


「――ッ!」


 反射で剣を振り上げて受け止める。

 衝撃が俺の全身を揺さぶった。


(重い――!)


 斬撃ではない。叩き潰すような力だ。

 骨まで響く衝撃に、地面に膝が沈む。

 片手で受け止めたことを後悔するほどの一撃。


「……っは、なるほど」


 セラフィーネの唇がわずかに歪む。

 嬉しそうに、まるで、長年探していた獲物に出会ったかのような、獣じみた光をその瞳に宿している。


「悪くない、悪くない……ッ! ならば――もう一手!」


 再び、足音もなく跳躍。

 巨剣を翻し、上段から振り下ろされる斬撃に、今度は真正面から踏み込むようにして受けにいく。

 刃と刃が交差し、衝撃音が地鳴りのように響く。

 ――痺れる。

 骨が震え、腕の奥まで鋭い痛みが走る。

 もし受け流せなかったら、そのまま地面に沈められていたかもしれない。


(鬼神って、呼ばれるわけだ……!)


 剣を受け止める俺を見て、セラフィーネは口の端を吊り上げる。


「私を相手にここまで耐えられる人間はそういないッ!」


 目が爛々と輝く。


「お前、私の夫にしてやろうか!!」


 剣を振るいながら、吐き捨てるように叫んだ。

 俺の人生で初めての、おそらく最後に受ける告白がこれか。


「――お断り、します!」


 セラフィーネは美人だが、こんな状況で受けられるわけがない。

 彼女の言葉を大剣で弾き返し、横薙ぎの一閃を放つが、距離を取られてしまう。


「さぁどうした、男! 早く平等な努力とやらを見せてみろ!」


 相手のテンションは上がる一方。

 対して、俺はこのまま何度も攻撃を受けているわけにはいかない。


(――少し、本気を出すしかない。)


 俺は一度息を整え、低く重心を落とす。

 相手の呼吸を、リズムを読め。どんな強者にも癖がある。

 セラフィーネが剣を構えて飛び込んでくる。

 姿が消える。

 だが、もはや彼女を目で追う必要はない。

 幾度も受けた今なら分かる。

 あの斬撃の初動は、必ず右側から――!


「これで……終わりだッ!」


 最高速で繰り出される振り下ろし。

 それを半身で躱し、回転と同時に腰を入れ、大剣を刃先から切り上げる。

 重さを利用し、遠心力を最大まで高めた一閃。

 唸りを上げる鉄の軌跡が、セラフィーネの胴を狙い撃つ。


「――っ!」


 セラフィーネの瞳が驚愕に染まる。完璧に入った。避けることなどできない。

 だが――。


「…………ふぅ。これで一本、でいいですよね?」


 俺も元より当てるつもりはない。

 彼女を切り裂く直前で刃を止めていた。


「しょ――勝負……あり……」


 誰かがそう呟いたのが聞こえた。

 たぶん騎士の誰かだろう。けれどその声には、勝者を讃える響きはなかった。魂はこもっていなかった。

 事実は認識しているけど、信じることができない。

 当のセラフィーネでさえ、言葉を失っているのだから。

 ……もしかして、少しやりすぎたのか。

 確かに、ここはいい具合に負けておくのが吉だったかもしれない。

 自分が下に見ている相手に負けたとあっては、プライドの高い人間であれば認めない……どころか、こちらにキレてくる可能性もある。

 適当な理由を作って誤魔化さなければ。


「え、ええと……今回はセラフィーネさんの調子が――あぁっ!?」

 

 全く予期していなかった、時間差での出来事。

 鈍い音と共に、セラフィーネの胸元の鎧がひび割れ、次の瞬間――爆ぜるように装甲が砕け、彼女の上半身を守っていた金属製の鎧が派手に吹き飛んだ。


「……っ、な――」


 胸元から腹部にかけて、露わになる滑らかな肌。

 硬質な鋼の下に隠されていたのは、鍛え上げられた女性騎士の肢体だった。

 艶のある、しかし無駄な脂肪など一切ない、鍛え上げられた腹筋のライン。

 しっかりと隆起しながらも、女性らしさを失っていない造形。

 滑らかで、強くて、美しい肉体。

 どよめきが、騎士たちの列に走る。


「せ、セラフィーネ様が……っ!」

「嘘だろ……あの鎧、訓練用とはいえ、魔法防護のついた高級品だぞ……!」


 が、最も凍りついていたのは当の本人――セラフィーネだ。


「…………っ……」


 唇を震わせ、無言のままこちらを見ている。

 真っ赤だ。頬も、耳も、首筋までも。

 怒ってるのか、恥ずかしいのか、もう区別もつかない。

 だが、敗北の屈辱、そして自らの肌を見られた羞恥。

 その姿は、まさしく――。


「――えっちだ」

「…………は?」


 思わず漏れ出してしまった言葉に、この場にいるすべての人が呆然とした。

 あぁ、やった。やらかした。

 違うだろ、もっと言うことあるだろ。「申し訳ありません!」とか「すぐ鎧代払います!」とか。

 金なんて持っていないけど、それくらいのことを言うべきだった!


「ば、バージルさん何を言ってるんですか!? はやくセラフィーネ様に謝ってください! ぶち殺されますよ!?」

「す、すすすすみません!」


 そりゃあそうだ。

 いくら俺に女性経験がないからって、戦いの高揚感が残っているからって、言って良いことと悪いことがある。

 どうすればいい?

 この人数でこられたら、流石に一巻の終わりだ。

 ――謝ろう。とにかく土下座でもなんでもして、許してもらおう。

 まずは言葉からだ。グラデーションをつけて謝る方が多分、良い。


「ほ、本当に申し訳ありません! この一撃は決して狙ったわけではなく、たまたま、本当にたまたま――」

「――か、帰るぞ」


 冷えた声が、俺の謝罪を断ち切った。

 顔を上げると、セラフィーネが背中を向けて歩き始めていた。

 プルプルと震えながら、吹き飛んだ鎧の破片を掴んで自分の身体を隠そうとするが、足りない。

 数名の騎士が慌てて外套やマントを脱ぎ、彼女に駆け寄る。「大丈夫ですか」「すぐ新しい鎧を」そんな声が飛び交う中、セラフィーネは何も答えず、ただ俺を一瞥し、やがて、街から出て行った。


「……な、なんか……助かった……?」

 

 ようやく息を吐き出してそう呟いた俺の声に、誰も返事をしなかった。

 静寂と視線だけが、重たく残っていた。


少しでも面白いと思ってくださった方はブクマ、評価等お願いいたします。

どれも感謝ですが、評価、ブクマ、いいねの順で嬉しいです

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