意外な掘り出し物
「……というわけで、本邦の課題は、農業生産力の低さと地方の貧困に集約される」
「工業資源はそれなりにあるし、技術力も悪くはない。でも夏が短く冬が長いせいで食料が取れず、都市部の人間すら冬は食費の高騰にあえぎ、地方に至っては貯えを細々と切り崩すことしかできないから納税もできない、と……」
「そんな現状をどうしましょう、という話をしているときに、アジェーナさんが墜ちてきたんですよね」
現状認識のため、そんな話をしながら裏庭から屋敷の周りをぐるっと回って正面玄関へ歩いていると、ゴーグルをかけたセルヴァが何かの治具らしきものを組み立てていた。周囲にはアセチレンランプや青みを帯びた石ころ──炭化カルシウムだろうか──、水の入った小瓶、金属棒に鋼管などが散乱しており、うっかり横を通ると何かを踏んで転びそうである。
「あれ、お取込み中?」
「あー、そういえば今日セルヴァに床暖房の修理をお願いしていたな……おーい、セルヴァ、それまだ結構かかりそうか?」
アルマスが声をかけるが、セルヴァからの返事はない。作業に夢中なようだ。
「……せっかくなんで、このまま観察しましょう」
そう言ってアジェーナは邪魔にならない程度にセルヴァの近くに寄る。
彼女は使い込まれてそうな手作り感溢れる治具を組み立て終わると、こんどは何の変哲もない鋼管を手に取った。それを地面に置いたフランジの穴に差すと、治具で倒れないように固定し、アセチレンランプのスクリューをまわす。
『青い巻き球をほどいた。中から赤い巻き球が落ちてきた……』
ルオトラに伝わる神話の一節を唱えながらセルヴァがアセチレンランプの火打石をまわすと、火花が吹口から吹き出るアセチレンに引火して青白い炎が鋭く噴き出した。
「凄い化学法術……不完全燃焼するはずのアセチレンが綺麗に完全燃焼してる……」
「魔法を使おうと使わざろうと、物を燃やすことにかけてセルヴァの右に出る者はいないのさ。ルオトラどころか、アールヴヘイム中を探してもな」
感心するアジェーナと配下を自慢するアルマスを無視して、そのままセルヴァは近場に転がっていた金属棒──溶接棒だったらしい──を使い、アセチレンランプをガスバーナー代わりに鋼管とフランジをガス溶接してしまう。同様に反対側にもフランジを溶接し、ゴーグルを外して一息ついたところで、ようやくセルヴァはアジェーナたちがこちらを観察していることに気づいた。
「うわぁ!? いつからいたんですか!?」
「……その治具を地面にセットしてる時からだよ、ルルちゃん」
「ええ!? 嘘ぉ!!」
本当に全く気づかなかったらしく、セルヴァはひどく動揺している。
「……ねえルルちゃん、この配管は何に使うのかな?」
「お屋敷の暖房用蒸気配管を取り換えるんです。前の冬にフル稼働させてたら、なんか穴が空いちゃって……」
「蒸気暖房……? そっか、だからお屋敷の中があんなに暖かかったのね」
日本でも北国の古いホテルなどでセントラルヒーティングのためのラジエターを見ることができる。完全に見落としていたが、この後屋敷の中に戻ったら似たようなものがないか探してみようとアジェーナは思った。
「というか、なんでメイドのルルちゃんが暖房設備の修理なんかしてるんですか? こういうのはお抱えの技師がやるものでは?」
「これがですね、いないんですよ」
アジェーナが怪訝な顔をしてアルマスに聞くと、横からニコニコとした笑みを崩さずにマルヤーナが答える。
「ええ……」
「これまでは素人の工作で間に合わせるか、城下町の職人をその都度呼んで対応していたんだ。よその国みたいに豪華な庭園があるわけでもなし、専門の技術者がいないと修理できないような設備があるわけでもなし。でもセルヴァが『廊下で寝てると寒いから暖房設備を作る』って言い出して……」
「ちょっ、バラさないでよアルマス様!」
アルマスがしみじみと当時を振り返ると、セルヴァが唐突に慌てだした。
「え、なんで廊下で寝てたんですか?」
「聞いて驚け。なんと……「わー! はい、とにかく、ルルが寒くて凍えちゃうので! ルルが自分で暖房設備を作りました!」
よほど恥ずかしい理由だったのか、セルヴァは大声でアルマスの言葉を遮る。セルヴァの華奢な体格もあり、まるで年頃の姉弟が喧嘩しているようで微笑ましく、アジェーナは思わず生暖かい笑みを浮かべてしてしまった。
「……! ということは、暖房設備の設計も製造もルルちゃんが……?」
「うん。ボイラーについてはアルマス様に改良してもらったけど」
ハッと気づいたアジェーナが質問すると、それがどうかしたのかと言いたげにセルヴァが答える。
「ルオトラ国民全員がボイラーを作れるわけじゃないぞ。セルヴァが変なだけだ」
「そうやって機械工作にうつつを抜かしているから、わざわざうちにメイドとして送り込まれるんですよ」
「うっ……」
「まあ、ルルちゃんがおかしいのはこのさい置いておくとして、蒸気暖房をこれほど大きな邸宅で活用しているのは、結構ハイレベルなんじゃないかなと思います。そうなると気になってくるのが、ボイラーですね……」
内燃機関がまだ未熟なこの世界、動力源の花形は蒸気機関であった。強力な蒸気機関を作るためには、強力なボイラーが欠かせない。
「アジェーナ殿のお眼鏡に適うかどうかはわからんが、うちのボイラーはまあまあの自信作だ。見ていくか?」
「ぜひ! もしより良い設計が提案できるなら、改良するだけで辺境伯家の燃料代を節約できますし、既に先進的な設計を採用されているなら、さらなる活用法を提案できます!」
アルマスの提案に、アジェーナは喜々として食いつくのだった。
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