秘儀の開示
「1つ目。葦原皇国はあまり外国との交流を好まず、何なら内戦すら起こりがちな島国で、このような大型の飛行器を設計できるほど発展した国ではないはずだ」
そう言いながら、アルマスは物を数えるように右手の人差し指を立てて示す。
「2つ目。我々が墜落現場に到着した後、アジェーナ殿とその乗器を狙って十数人の馬賊が襲ってきた。馬賊というからには普通馬に騎乗して襲ってくるものだし、装備は各々の私物で、統一されていることはまずないだろう。なのに、奴らは隠密行動のために離れた場所に馬をおいてきていたし、武装もチュン帝国騎兵の正式拳銃と軍刀で統一されていた」
そう言ってアルマスは中指も立てた。
チュンとルオトラの国境には大河が流れているが、その水源を領内に収めるリントゥアルエ辺境伯領のあたりまで来ると、下流程幅は広くないし、水深も浅い。このため、場所と天候を選べば馬やトナカイに乗った状態で渡ることができる。こうしてまんまと馬と一緒に渡河した馬賊が、その機動力を生かして周囲の村に襲い掛かるのだが、あの時の彼らの戦い方は、そういう「モヒカン」的なものとはかけ離れていた。
「3つ目。そもそもなぜアジェーナ殿は世界一周飛行をしていたのか。まさか伊達や酔狂でそんなことをしていたのではあるまい? そういう性格の人間ではないことは、昨日話して察しがついている」
アルマスは三本目の指として薬指を立てる。
前に進みさえすれば揚力を生み出す飛行器は、グリッチをフル活用して己の身一つで飛行するよりもはるかに軽い負担で空を飛ぶことができる、陸でいうところの「安全型自転車」に近い乗り物である。
とはいえ、いくら徒歩より効率よく移動できるといっても、自転車で大陸を横断するような移動を行う人間は少ない。飛行器で飛ぶのも似たようなものなので、アジェーナは何か必要に迫られて世界一周飛行をしていたと考えるのが自然だ。
「他にも、アジェーナ殿の体の事とか、『アジェーナ』という葦原らしくない名前とか、この飛行器の素材とか……次から次へと興味深い事柄が泉のように湧き出てくる。 なあアジェーナ殿、世間知らずのボンボンに、どうか、この世界の広さを教えてはくれまいか?」
話しているうちに楽しくなってしまったのか、いつの間にかアルマスの放っていた威圧感は消えている。しかし、この状況で新しいおもちゃを与えられた子供のような、年相応の無邪気な笑みを浮かべて、アジェーナに回答を迫る姿は、それはそれで狂気を感じるものであった。
「……わかりました。つまらない身の上話でよければ、お話して差し上げましょう」
ため息をつくような仕草──もちろん息は吐かれず、代わりに外肺のガス交換量が一瞬だけ増加した──をしながら、アジェーナは言った。
「本当につまらないかは僕が決める話だが」
「……約20年前のクーデターで成立した統一政府が、文明開化に勤しんでいることは、この際おいておくとして」
いわゆる明治維新に相当する出来事がこの世界の葦原皇国でも発生したということだが、これをアジェーナは些事とみなして省略する。
「ちょっと待て、それも十分重大な出来事だと思うのだが」
「数年前、神祇官において『エルフ系種をもしのぐ強力な法術師』を『製造』するための法術群が完成しました。これによって産まれてくるのが、私たち嬰智種です」
「エルフ系種をしのぐ魔導士……だから神経回路を入れるスペースを確保するため、肺を体外に移すなんて、無茶をしているんですね」
なりふり構わない所業に思わず顔をしかめるマルヤーナ。一方のアジェーナは平然とした表情で話を続ける。
「お察しのとおり嬰智種は人間兵器同然の位置づけで開発されました。このアジェーナという名前も、私の開発コードネームであって、本名ではありません」
「そういうことか。チュンの方では本名で呼びかけることを失礼な行為とみなしているらしいが、あれと同様の習俗が葦原にもあるんだな」
実際には失礼とは違うのだが、はばかられるという意味では一緒なので、アジェーナはアルマスの言葉を訂正せずに話を続けることにした。
「そうなると今度は『兵器として育つまでに何年もかかる』ことが問題視されます。肉体は法術でどうとでも成長させられますので、あとは最初から人間として正常な人格を最初から宿していればよい……そんな思想で新たな法術を開発している時に偶然発見されたのが転生法術です」
「まさか、故人の人格を転写できたのか?」
胎児にごく単純な技能を刷り込むグリッチの存在はすでに知られている。しかし、人格という膨大な情報を脳に刻むのはほぼ不可能だろうとと思われていた。
「中正解です。この法術は異世界の故人の記憶と人格を焼き付ける効果を持っています。この方法で異世界の故人を私のように嬰智種の体に転生させ、我が国は異世界の技術を複数得ることに成功しました。その成果物の一つが、この器体だったわけです」
そういってアジェーナは飛行器の残骸に目を向け、その外板に手を置く。この器体はアジェーナを転生直後から世話してくれた『先輩ホムンクルス』が、機体どころか材料開発から手掛けた一品物なのだ。故に、アジェーナはこの器体が見るも無残な状態になっていることを悲しく、そして申し訳なく思っている。
「……すると、馬賊の癖に軍隊のような装備をした連中が、馬賊らしくない方法でアジェーナ殿を奪取しようとしていたのは、嬰智種の体と、転生者の知識を得るため、その辺の馬賊にチュン帝国が金を握らせてやったことなんじゃないか?」
「私も真相は知りませんが、多分アルマスさんの言った通りなんだと思っています」
そういうことであれば、何の危害も加えずただ上空を飛んでいただけの飛行器を、わざわざチュン帝国が撃墜したことも不自然ではない。同じように飛行器を上げて空中での鹵獲を試みなかったのは、性能差で振り切られるのを恐れたか、このあたりに飛行器や飛行機の配備がなかったということなのだろう。
「アルマス様。そうなると、またチュン帝国の手の物が、アジェーナさんを狙って領内で事件を起こすのではありませんか?」
「その可能性はあるし、外交的に圧力をかけてくる可能性もある。だが、今更だろ? そのための辺境伯なんだからさ」
アジェーナをめぐってチュンからの干渉を呼び込むのではないかとマルヤーナが指摘すると、アルマスは受けて立つ考えを示した。
「……私がこのままこっそりアールヴヘイムに渡ったほうが、事は穏便に済むのかもしれません。でも、お二人には命を助けていただいた恩があります。その恩を返さずにこの国を離れるのは、どうにも忍びないのです。もしお許しいただけるのであれば、この邦のために何かを手伝わせていただけないでしょうか」
そういってアジェーナは深々と頭を下げる。
「いいだろう。それならただいまよりアジェーナ殿をリントゥアルエ辺境伯家嫡男アルマス・リントゥアルエンの食客とし、国土開発計画の策定を支援させるものとする。異存はないな?」
「異存も何も、この場には私しかいないじゃないですか……カヤーニ子爵令嬢にしてリントゥアルエ辺境伯家嫡男の婚約者、マルヤーナ・カヤーニンはこれを承認します」
「ありがとうございま……婚約者!?」
自分の希望が通ったことに感謝しようとしたアジェーナは、マルヤーナの意外な名乗りに思わず素っ頓狂な声を上げた。
「はい。アルマスの妻です」
マルヤーナはとてもうれしそうな表情でのんきに返答する。
「聞いてませんよ! てっきりお付きの女中さんだとばかり……!」
「メイド稼業は花嫁修業の一環なんです。アルマス様と出会うまでは近衛連隊で訓練漬けの日々でしたから、家事は慣れるまで大変でした」
「妻と婚約者は違うんだが……まあ、それはさておき、これからもよろしく頼むぞ、アジェーナ」
「アッハイ」
マルヤーナの突然のカミングアウトにより、なんとも締まらない雰囲気のまま、アジェーナはアルマスの食客となったのであった。
そんなわけでタイトルを回収しました。ここまでだいぶかかってしまいましたが、お楽しみいただけておりますでしょうか。
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