戦略的撤退
『うーん、やっぱり、あのキーンって音は、ものすごい電磁波を瞬間的に放出したことで出たんじゃないかなって』
『そうか……そういえば、廃棄予定の防御用のグリッチ回路に、過電流を流したことがあるが、あんな感じで“鳴”ったような気がする……』
アルマスの推察は概ね正解であった。チュン帝国が使用したのは、防御グリッチの撲滅を目的とした非指向性EMP兵器である。
『チュン帝国の癖に……いい時に使ってくるじゃん。でも……こんなに有効だってわかってたなら、朝に雨が降る前に使ったほうがいいのに』
『どうだろうな、今の今まで使わなかったってことは、相手も使いたくない理由がデカかったってことだろ? 人的資源が減りすぎたか、あるいは減らすしかなくなる状況が来たか……あるいは、使ってもいい状況が来たかの理由を幾つか満たしたか――』
重ねて、アルマスの推察は概ね正解であった。
砲撃の音が途切れる中、チュン帝国の飛行機の音が明らかに退避所にも聞こえてくる。
チュン帝国の飛行器がEMP兵器使用の制限時間内に戦闘を継続するために、リスクを冒してルオトラ側陣地への接近を行っていることを意味していた。
『総攻撃か!!』
全ての線がつながったアルマスは退避所を飛び出し、双眼鏡を手に持ち、川向いを眺める。
雨の匂いが満ちていた陣地には、雨ではなく血と泥の匂いが充満していた。
曇り空は少しずつ晴れ間を見せ、夕暮れの朱が空を染める中――視線を落とせば地上ではチュン帝国の歩兵たちが続々と渡河を開始しつつあった。
『クソッ……』
広域破壊術式によるサイマー河の西岸に広がっていた熱圏は緩和され、兵たちが動かない岩人形の部品を足場に徐々に渡河を成功させていく。
砲撃の跡に足跡を残し、石兵と死体を乗り越えて、チュン帝国の歩兵が進撃を行う。
何より河の向こうから、残された飛行器による編成が空を埋めて降り注ぐように地上へと迫りつつあった。
『……奴ら、退路を塞ぎにかかってるのか!』
防衛部隊の被害は予想外に軽微であり、反撃のための手段は既に整いつつあった。
だがしかし、ルオトラ側の防衛作戦はサイマー河西岸への渡河を水際で防ぎ続けることによる静的防御が成立することを前提に構築されている。
『……仮にこの場で踏みとどまるとして、渡河してきたあの規模の敵を殺しきれるかというと……』
リントゥアルエ郷土防衛隊がチュン帝国軍と比べて兵の練度が高く、アジェーナによる的確な砲撃支援がじきに復帰するとしてもなお、押し寄せてくる軍団規模の敵集団をさばききれるとは思えなかった。
『アルマス様!! 本部が!!』
『今度は何だ!?』
アルマスは反射的に東側の遠方を眺めた。
空に赤と黄と白の輝きが確かに浮かんでいる。
この閃光弾が意味することはすなわち、
(我にかまわず自己の生存を優先せよ……! 畜生! マクシムめ、この状況を作るための電波妨害か!!)
数ある撤退シナリオの中で最も最悪なもの、秩序だった後退を諦め、全力で潰走せよという命令が発されてしまった。全ての線がしっかりとつながったことを理解したアルマスは、ただちに事前の作戦計画に定められていた行動を選択する。
『総員撤退!! この通信を聞いている全ての兵に告げる!! 私はリントゥアルエ辺境伯アールニ・リントゥアルエンが嫡子、アルマス・リントゥアルエン大尉である。リントゥアルエ郷土防衛隊および義勇兵各位に告げる。現在、指揮所から撤退信号が発せられた。各員は、ただちに防御陣地を捨てて撤退!! 予定されている集結地点に向けて撤退せよ!!』
撤退――敵を内陸に引き込んでもう一戦ぶちかますために、兵力を一兵でも多く残す。
これはその為の苦渋の決断であった。
『マジかよ』
『負けたのか?』
『負けてねぇぞ。撤退だよ、撤退……クソッ、本部の奴らめ、帰ったら説教してやる』
『おじいさん。その前には、まず帰りませんと……ほら、飛行機に頭を抑えられてはねぇ……』
アルマスの声は、EMPの影響を免れた有線通信によってリントゥアルエ側の全軍に伝えられた。
部隊に動揺が広がる中――兵たちは再び銃を握った。いや、握らざるを得なかった。
『うわ、一杯いる』
『俺達また包囲されるんすか?』
半刻ぶりに、退避壕から抜け出した第一義勇歩兵連隊の残存兵たちが見た景色。
それはチュン帝国第二軍の大型飛行機群が朱に染まった空を埋め尽くさんとする光景だった。
サイマー河南岸において、司令官を喪ったチュン帝国第二軍は、再集結させた戦力を可能な限り投入していた。
砲撃によって機関銃陣地が機能を停止し、モニター艦隊も追い払ったことで、最早彼らの進撃を遮るものは存在していなかったのである。
『突撃だな』
『ええ、後ろを抑えられてはねぇ……』
リントゥコト擲弾兵のエドヴァルド・リントゥアルエンは目の前に広がる絶望的な光景を見てもなお、笑顔を崩さずに空を睨みつけていた。
湿度の高い戦場だからこそ、これまでのお返しのつもりで突っ込むチュン帝国兵の肌ごしの殺気が馬鹿にならない。
「くそ……」
「俺たちこれからどうなるんだ?」
「まさか。いいかガキ共、鉄火場が楽しいのはこれからよ」
「おじいさん……通信波が?」
――が、しかし。
「おおっ……」
「え……」
直後、退避壕に籠もっていた兵たちが、自然に吐息を漏らした。空を埋めつくしていたチュン帝国航空戦力の一角が爆発四散したのである。空の巨人たちが次々に炎上し、断末魔とともに火の玉と化しながら地に堕ちていった。
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