掴みかけた光芒
『アジェーナさんには感謝しないといけませんね』
双眼鏡を手に着弾を見届けたマルヤーナは、上流から隠せないオゾンと血の匂いが漂うサイマー河の中心で息を撫でおろした。
『それから義勇兵の皆さんにも。中央政府と違って、一般領邦民の皆様はちゃんと我が邦の事を想ってくださっていたとは。感無量です』
これほどまでに都合よく事が運ぶとは、彼女自身思っていなかった。
事実、猛攻にさらされた第一義勇歩兵連隊がさっさと降伏、あるいは敗走していたら、第二義勇歩兵連隊が予備兵力として到達したとしても、その勢いを止められず、前線が崩壊しただろう。
『義母様も景気よく撃ち込ませてますね。ちゃんと阻止砲撃に成功しているようですから、あとは此岸に取り残された敵を殲滅すればこちら側は安泰でしょう』
マルヤーナの背後では、郷土防衛隊砲兵の榴弾が、チュン帝国第二軍に向けて降り注いでいた。視程がなく、弾着観測者も飛ばせない状況で的確に砲撃支援が行われているなど、過去の記録を見渡しても前代未聞の状況である。
その結果、我が方を攻撃していたチュン帝国第二軍はサイマー河を境に分断され、逆に一個師団規模の軍勢が逆包囲されかけていた。
『私の連れてきた二隻だけでは、どう頑張ってもこの状況にはたどり着けませんでした。民草の皆さんが言う『女神』という呼称もあながち間違いではないのかもしれません』
改めて周囲を見渡して、マルヤーナは安堵のため息をつく。すべては、空の上で戦場を睥睨する彼女がいてこそ到達できた景色なのだ。
『ならば私も、歯車として――押しとどめますわよ』
決意をつぶやいたマルヤーナは、専用のライフルを手に取ってその銃口を再度サイマー河へと迫る岩人形達に向けた。
『うおおおっ!! 援軍が来たぞ……いそげ、逆包囲だ。チュン帝国を押し返せ!!』
『我らの土地から出ていけ!! まぁ、河は行き止まりだぜ逃げ場があると思うなよ!!』
解囲された第一義勇歩兵連隊は半ば全滅しかけていたものの、自らへの圧力が緩んだ隙に再集結して反撃の姿勢を整えていた。
その場にいるルオトラ側の兵が、かろうじて生き残った老兵が、郷土防衛隊の擲弾兵が、第二義勇連隊の志願兵が誰もが勝利を確信したその時である。
――キィィィイイイイーーーーッ
チュン帝国側から放たれた一発の砲弾が着弾し、甲高い音ともに衝撃が地上を薙ぎ払う。
多くの兵たちは塹壕の土壁に隠れ、その衝撃から身を守った。
無事、一難は過ぎ去った――そう思った直後、ルオトラ人たちは異変に気付く
『おい、婆さん。魔法が出ねえぞ……機関銃は撃てるのに、何でだ?』
『さっきのあれで何かされたんですよ、じいさん。機関銃は惜しいですが、さすがに逃げないと次を殺せませんよ?』
その混乱を機に再びチュン帝国の砲撃が始まった。何の工夫もないただの榴弾が、さっきまで存在したはずのグリッチ防壁に全くからめとられず、豪雨のように降り注ぐ。
グリッチを用いない通常砲弾による無差別砲撃。
チュン帝国が取りうる、敵味方関係なく巻き込みながら降り注ぎ戦場に混沌を産む非情の策であった。
『アイツら、味方ごとかよォ!!』
『さすがに撤退していいだろ!! 俺たちはもう十分やったさ!!』
しかし、ルオトラ側の対応は、迅速であった。
幸いにしてチュン帝国第二軍の包囲を生き残った第一義勇連隊の新兵の二人が、一目散に穴だらけの戦場の中、事前に指示された退避壕へと向けて駆け抜けていく。
勿論、逃げる兵は彼らだけではない。
砲撃の効果域を避けるように郷土防衛隊の兵が、義勇兵達が撤退し、丘を挟んだ森林や塹壕内外に用意されていた半地下の待避所に退いていた。
『アルマス様ぁ……燃料タンク、投棄しちゃったけどよかったよね?』
サイマー河西岸で必死の防衛をしていたアルマス達、第一連隊の軍旗護衛中隊長も流石に防御グリッチ抜きでの戦線維持は不可能と判断し、待機所への撤退を余儀なくされていた。
『ああ、それは問題ないが……セルヴァ、何をされたかわかったか? 砲弾の中身は爆薬ではなかったようだが……無差別に影響が出ている理由は……』
あれだけ派手に撃ち合っていたにもかかわらず、義勇兵の方と違い、正規軍の第一歩兵連隊の損耗は、今だ一割に届くかといったところである。もう少しこの場で踏みとどまれそうであったが、機能を停止させられた防御グリッチ装置を再起動できる保証はない。
『単純に考えれば、すっごい強力で無意味な電磁波を放つ装置を撃ち込まれたのかなって思うけど』
『だとすると、防御グリッチ装置は電磁誘導で回路を破壊された可能性があるな……南側の義勇旅団はもう限界だろうし、全面撤退に移った方がいいのか……?』
通信が遮断され、中央からの指示が届かなくなっている今、リントゥアルエ側は各部隊の電計が取れなくなっている。それはチュン帝国側に大きな隙をさらしていることに他ならなかった。
一方そのころ、サイマー川南岸より少し内陸に寄ったところでは、第一義勇連隊の新兵たちが、かろうじてサイマー河南岸から離れた待避所に滑り込んでいた。
『無事か? 擲弾兵の爺共……』
『へへ、俺達、生き残っちゃったぜ……』
リントゥアルエ側は味方以上に混乱するチュン帝国第二軍に対して火力を集中させ、崩壊寸前の第一義勇歩兵連隊を北方に脱出させた。
人口に乏しいルオトラにとって許容しがたいほどの犠牲はでたが、それでもすべてを失うことは回避したのである。。
『おうおう、ガキ共――よう生き残ったなぁ、でもよぉ、折角いいとこだったのに……逃げなきゃいかんたぁ、もったいねぇ……』
たどり着いた半地下の待機所は歴戦の兵たちが、死に体で休息をとっていた。
つまり、死んではいない――砲撃が終われば、兵たちはまた立ち上がるつもりでいた。
『おじいさん、これもマクシムとか言う奴のやり方なんですかねぇ。味方を数字としか見てないなんて、ウチのひ孫たちとは大違いですよ』
『そらぁ、まぁ……チュンはそんなもんだろ』
『そんなもの、ですかねぇ……』
事実、このサイマー河の戦いにおいて、リントゥアルエ領の参謀本部は、チュン帝国により防衛グリッチ回路を狙った攻撃が行われる可能性を想定し「前線からの円滑な一時退避」を、義勇兵の短い練兵期間における最大目標と定めてすらいた。これらの、アジェーナの箴言による万が一の可能性による対策は、チュン帝国が取りうるあらゆる戦術を、ただ「二つ」を除いて完全に対応していた。
『まだ負けてねぇぞ、俺達擲弾兵は殆ど削れてねぇ……』
『そうですねぇ、防衛陣地使えるところがあれば、まだまだ持つと思いますよぉ』
『すっげえ……俺達すっかりくたびれちまったのにさ』
『やっぱ、リントゥコトの人ってすげえんだな』
退避所で、兵たちは極めて楽天的に笑顔を浮かべていた。
降り注ぐ砲弾を前にして、あるものは腹を抱えて笑い、あるものは非常食を齧り、中には楽器を弾き歌を歌うものの姿もあった。
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