泥沼の死闘
まだ自分たちの十分の一も生きていないような若い兵隊達が散ることに、内心の呵責がないわけではない。だが、それは戦場に身を置く者にとって何の役にも立たない感傷であることを、エドヴァルドは知っていた。
そして何より、ここはリントゥアルエだ。若い兵達の魂はきっと、渡り鳥達によってリントゥコトに還っていくことだろう。
『エドヴァルドおじいさん。弾の無駄遣いはいけませんよ。私たちの目的は機関砲陣地の奪還なんですからね』
『へっへっへ、銃剣でいけないとは俺も老いたな……まぁ、まだ若い連中の道ぐらいは作れるがな!!』
エドヴァルドは塹壕内から合流した隊員と拳を併せたのち、未だチュン帝国の空挺部隊に奪取されたままの機関砲陣地を睥睨する。
『あと少しの辛抱だ……耐えてくれ』
その言葉を誰にも聞かれないように呟いたエドヴァルドは、塹壕に響いた銃撃を目印に押し寄せる歩兵部隊を振り切りながら、機関銃陣地へと向けて突撃を敢行した。
『閣下、連隊規模の敵を包囲しました! ですが、未だ戦意は衰えず……激しく抵抗している模様!!』
『ええい、ゲリラまがいの攻撃で左翼から食い破られてなるものか!! 第二梯団投入!! 敵増援ごと包囲を完成させろ!!』
戦場の中心で斥候の報告に対してチュン帝国第二軍司令官が不機嫌そうに口髭を撫でる。
チュン帝国の攻勢に対し、無線機能が制限された状況においても的確に遊撃戦力と予備兵力を急行させていた郷土防衛隊であったが、チュン帝国軍による義勇旅団第一義勇歩兵連隊の包囲は、将自らが前線に帯同するという古典的な方法によって恙なく完了していた。だが、チュン帝国の圧力に押され包囲環の中に押し込められつつある第一義勇歩兵連隊員たちは、自らの運命を甘受することなく、敵を押し返すべく奮戦を続けている。
『擲弾兵に続けぇ!』
『戦友たちを助けるんだ!』
さらに、擲弾兵に続いて第二義勇歩兵連隊も、同志たちを救援すべく包囲部隊を果敢に攻め立てていた。
『第一義勇歩兵連隊員諸君!! 我らが擲弾兵と第二連隊の同志達が敵側背面を食い破らんとしている。貴君らは希望の象徴となるのだ!! 今一度、気張ってくれ……!』
アルマスが通信越しに義勇兵たちに向けて激励を送る。
その声は冷静であったが、言葉の裏には確かな焦燥が見て取れた。
『擲弾兵……!? あのリントゥコト擲弾兵が!?』
『クソッ、死ぬなよ……こんなところでよ!!!』
その一方で、戦場に立つ義勇兵たちは既に体力の限界を迎えていた。
全方位から迫る死神に追いつかれまいと息切れを起こしながらも叫び、チュン帝国の兵たちに銃剣を突き刺し、銃弾を撃ち込む。
彼らの表情は一様に悲痛なものであり、皆がこの瞬間を生き延びたいという一心で敵と対峙していた。
視界に映るすべてが敵兵という状況で、アルマスからの激励の言葉を聞いた彼らは、それを希望として目の前の兵士を討ち倒すことに全力を尽くす。
『もう少しで増援が来る!! 死にたくなきゃ耐えるんだよ!!』
一人の小隊長が自らの指揮下にある若き義勇兵たちに喝を入れる。
戦闘開始時、機関銃陣地を任された彼の指揮下には二十名を超える部下たちが居た。
決して精兵というわけではないが、皆がこの地に少ない恩を持つ同じ志を持った同志であった。
だが今や、彼の周りに居るのは、かつての部下の三分の一の人数しか居らず、その全員が傷ついていた。
『うおおぉッ!!』
『あああぁぁッ!!』
残された者は皆、恐怖を紛らわすために声を張り上げていた。
恐怖が薄れれば、次にやってくるのは肉体的な疲労感であった。
それは血反吐とともに、戦場に立つ者の生命力そのものを消費していく。
『くそっ……くそぉ……』
負傷し撤退しようとする義勇兵の背中に向け、一人のチュン帝国の空挺兵が機関銃の銃弾を浴びせる。
義勇軍に支給されたコートに煌めくリントゥアルエの紋章ごと吹き飛ばされたその義勇兵は、自身の身体が引き裂かれていく苦痛に悶えながら、ゆっくりと土へと伏した。
『悪いな、俺達も……もう後がねぇんだ……』
その空挺兵は同胞の仇である義勇兵の亡骸を見下ろし、冷たく言い放った。
彼はすぐさま次の獲物を探し始める。
『クソッ、どこまで進んでも敵兵ばかりだ……俺たちゃ追い詰められた袋の鼠かよ』
『爺さん共が言ってたように、おれたちゃ兵隊は蛆虫以下ってか……こんな戦場、来なきゃよかったな!!』
二人の混血種の義勇兵が、塹壕の中から敵を撃ち続ける。
一人は幼い頃に祖父母から語り継がれた昔話を思い出し、もう一人は目の前に転がる敵兵の屍を眺めながら皮肉げに笑う。
『アンタら、話してる暇があるなら撃ちな!! さっきから頭が見えすぎだよ!!』
後方で擲弾を投げていた純血種の女老兵が、苛立ちを露わにして叫ぶ。
彼女は即座に前方に姿を見せた敵兵に向かって手りゅう弾を放り込み、周囲に転がる戦友の亡骸を片手間にどかして陣地の確保を行った。
『アンタら若造共は未来があるんだ……生き残るんだよ!! 守られてるアジェーナ様だって、自分のために人が死んで嬉しいわけないんだからね!!』
そう言いながら彼女は、若い義勇兵たちに代わり塹壕の上に顔を出して敵を掃射する。
彼女の目は疲れ切っていたが、それでもなお強い意志を感じさせるものだった。
『そうだな……まだまだ、やるべきことがあるんだ……』
『帰ったら、村で酒でも飲んで……飛び切りの美人を抱いて……今日の地獄を話をしてやるとするか!!』
若い義勇兵たちは再び銃を構え、前進するチュン帝国の空挺兵たちを照準に捉える。
彼らの目に浮かぶのは故郷の風景、家族の笑顔、そして生き抜いた先に待つささやかな日常への憧憬だった。




