Lintualuen Grenadierit
連隊旗は無事だった。
嵐の影響で少々荒々しくはためいているものの、ナショナリズムに傾倒しているわけではないアジェーナでも見ていると不退転の覚悟が発起してくるような存在感を放っている。
『すこしは連中も頭を使ってきたな……小賢しいやつらめ』
アジェーナが見る限り、アルマスは健在だった。
土砂降りの中、少年が雨に濡れながらサーベルを突き立てている。
『中隊諸君!! 俺たちが学んできたのは軍旗を本陣奥で後生大事にしまっておく、お上品な戦争のやり方だったか? 違うだろう! 軍旗護衛中隊、前進! 戦術魔法で奴らを叩きのめすぞ!』
戦場の熱狂にあてられているアルマスの無線が、ここまで聞こえてくるようだった。彼がそばにいるセルヴァから渡された小銃の銃口をサイマー河に向けた直後、周囲の古参兵たちが同じように銃口を対岸に向けて構える。
『もう少し待ってくれ、セルヴァ……お前の戦略術式はもう少し温存しておきたい』
『いいよ、まだまだ換えのライフルあるから。使った分から渡すね』
『助かる……行くぞ兵士諸君! 斉射開始!』
直後、アジェーナから見れば戦車砲が発射されたのかと見まごう一撃が。渡河途中のチュン帝国軍へと殺到し、泥交じりの巨大な水柱を上げた。
空気が揺れ、電磁波が透視グリッチにノイズを走らせる。
その後数度の斉射は、確実にサイマー河の渡河を進めるチュン帝国の兵士たちの進軍を押しとどめ、兵隊の肉の壁を川岸まで物理的に後退させるに至った。
「アルマス様は、無事だけど前線に出てるみたい。なんかすごい……みんなで銃を撃ったら、爆発が起きてる」
「多分、戦術級の威力交換グリッチですぅ……おじい様方本気の力学グリッチですぅ……」
グリッチの強さは電気回路を流れる電流値に比例する。生身で使用しているなら、強力なグリッチほど神経回路を強く興奮させる必要があるため、体への負担も大きい。
「本気の……? あのレベルを連発なんてしたら」
「はいですぅ。あれは弾があるからって、何発も使い続けられるようなものじゃないですよぉ。インターバル抜きで使いすぎれば武器も使い手も無事じゃいられないですぅぅううう~~~~~!!」
観測を続けるアジェーナの報告を聞いて、ある程度、グリッチを使った戦争を理解しているであろうピリッタが悲鳴を上げる。だというのに、アルマスたちにまだ切羽詰まった様子は見られない。
「すごい……これがこの世界の戦争……」
大型兵器を用いることなく、個人が小銃一本で大火力を発揮する。硝煙とバグ技のファンタジーがこの世界を支配する理だった。
「ところで今、機関銃陣地が半分くらい止まってるんだけど、もしかしなくても私が考えてるより不味い?」
アジェーナが戦場を見渡す限り、用意した機関銃陣地の半分ほどが、チュン帝国軍に打ち込まれた土砂によって埋没し、その機能を停止している。
「西側の正規旅団がその分の火力が補填しないと不味いですぅ……義勇旅団側は良くて退役して久しい元兵士、悪いと兵役を経験したことがないずぶの素人ですから、今アルマス様達が使っているような戦術級グリッチの固め打ちみたいなことはできません。こちらの砲兵が機能すればいいのですが……」
軍務とは関係がなかった一般人が武器を取っているからこそ「義勇部隊」なのである。いくら素のスペックが高いエルフが多めと言っても、正規軍に比べればどうしてもその戦闘力は劣るものだ。
「じゃあ、こっちの砲撃がチュン帝国の渡河装備とか部隊にあたれば、もうちょっと楽になるんだ。それなら戦術級法術のインターバルも作れるし、機関銃陣地も復旧出来るよね?」
となれば、アジェーナがするべきことは一つだった。
今すぐ自分が出来て、郷土防衛隊に協力できること。
「ねぇ、着弾観測って近かったら近、遠かったら遠でいいんだっけ? イルマタル様につないでくれる?」
アジェーナは望遠鏡を郷土防衛隊の側ではなく、サイマー河を挟んだチュン帝国の側に向けた。
「うっ……」
今、現在までの事実として、郷土防衛隊第一連隊はチュン帝国の圧力を一心不乱、堅忍不抜の努力を以って押しとどめていた。それ故に、チュン帝国軍が現在展開しているサイマー河に広がる地獄はルオトラ側の陣地と比べても明らかに凄惨な物となっていた。
そもそもサイマー河そのものが大雨により増水し、普段の穏やかな様子とはかけ離れている。そのうえ、その水の流れには泥の他に、何らかの大火力によって破壊された渡河装備の瓦礫と、吹き飛ばされた人の四肢、胴体という肉袋を切り開いてこぼれ出た肉片と内臓によって、黒と赤と黄と茶色が入り混じっていた。
『クソ、クソ、クソ……戦争なんてクソだ……』
『やってられねぇ……こんなの、死に行くようなもんじゃねえか……』
第一波の歩兵連隊を機関銃陣地で受け止められ、第二波の歩兵連隊を戦術グリッチで粉砕されながらも、第三波として渡河を開始したチュン帝国の歩兵達は、血と雨に濡れた赤茶色の雑巾のようになりながら、自らの前に立つ人間を壁にして、倒れた死体を足場にして、一撃でも直撃すれば即死に繋がる弾幕の中を進んでいる。
『馬鹿野郎、憲兵共に聞かれたらよう……銃殺じゃ済まねえぞ』
『知らねえよ。どうせ前は地獄、後ろも地獄なんだ……』
夥しい犠牲を払っているのにもかかわらず、帝国軍の攻勢は確実に強度を増していた。
チュン帝国の戦略、戦術、戦闘に至るあらゆる要素は「人的資源の数」という基本要素を如何に活用するかという問いの上に立脚している。
彼らの中では兵隊を使い潰すという本来忌避すべき行為すら、その貧弱な補給線と戦後処理を簡潔にするための手段として戦略的に肯定されていた。
『北方の年寄り鼠共が……』
『帝国の飼い犬が、俺たち擲弾兵によーいドンは100年早いぜ!!』
故にこの豪雨の中、後方からリントゥアルエ側に向けて大雑把に放たれる砲弾は、その黒煙によって敵味方関係なく人肉をスモークすることが分かっていた上で発射されていた。
さらに言えば、豪雨の中で無謀にも数十機の大型飛行機群が、それぞれに十人ほどの歩兵を跨乗させて砲台代わりにしながら低空飛行で渡河を行っていく行為ですら、チュン帝国にとっては必要な“儀式のいけにえ”となっていた。
『やらせるわけねぇだろ!! そんなバカガラスでよぉ!!』
だが、ルオトラ側にとって、チュン帝国の懐事情など自身が即応しない理由にはならない。
ちょっとした段差を活用してグリッチを発動し、空気を裂くような速度で疾駆したリントゥアルエ榴弾兵たちが、銃弾を物ともせず飛翔し、サーベル片手に個人単位で空挺兵器に立ち向かっていく。
『来るな!! 来るなぁ!!』
『無理だよ、こんなハリボテでさぁ!!』
直後、編隊を組んだ大型空挺兵器は、みるみるうちに鈍色の空から叩き落されていった。
あるものは剣撃で。
あるものは放り込まれた迫撃砲弾によって。
また、あるものは光弾が如き威力交換グリッチ弾の一撃を受けて爆発した。
『ダメだ、堕ちる!!』
『来るんじゃなかった!! こんなとこぉ!!』
墜落する形でかろうじて渡河に成功した空挺兵器からも人員は脱出することなく、地面へと衝突して折れ曲がった後、何らかの燃料に引火して黒煙を吹き上げる。
『見たか、こちとら伊達や酔狂で擲弾兵名乗ってんじゃねえのよ……』
『爺様、婆様、血が出てる!!』
『あらやだ、歳はとりたくないものねぇ……でもあれは……うちら以外にやらせたら死人が出たでしょう?』
歴戦の擲弾兵たちにとっては、ここまでは普段の馬賊との交戦と何ら変わらない状況であった。むしろ来ると分かっているからこそ、いちいち奇襲されることを考えなくて済む分、気構えが楽であるという自覚すらあった。
執筆カロリーが高い……ハシダ先生様様です。
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