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知らない天井

 帰り道、マルヤーナの上着とさらにその上から毛布に包まれた少女は、彼女の胸の中で眠りについていた。未だに眠りにつく彼女の胎盤と臍の緒を持ちながら、アルマスはバツの悪そうな表情を浮かべている。


「アルマス様、この子はどこの子なのでしょう……」

「東方系の顔つきをしているが、あのあたりにあんな立派な飛行器(カイト)を作れるような国なんてあったかな……」


 白磁のように滑らかな白い肌に流れる艶やかな黒髪は、まるで絹糸のようで、どこか浮世離れした雰囲気を漂わせていた。アルマスの言うように、髪質や顔つきはルオトラ周辺の民族では見かけないもので、チュン帝国西側や、はるか東方の国々で見かけるらしい人々の形質を感じる。


「しかも、肺に相当する内臓が体の外に備わっているなんて、明らかに人造種(オーク)みたいに魔法(グリッチ)で遺伝子を改造されてますよね。いったいどこが何のために……」

「そのあたりも含めて、彼女が起きてから事情を聞けるとよいのだがな」


 己のおかれた状況を理解していない静かな寝顔を見つめながら、三人を乗せたそりをゆっくりとトナカイたちが牽引していく。彼らが首都ロヴァリンナにある領主邸へと帰還したころには、夜が明けて朝日が昇り始めていた。




「……」


 彼女が再びその瞳を開けた時、最初に飛び込んできたのは、高くて真っ白な天井だった。


「~~~~!」


 少女はびっくりして起き上がろうとするも、打撲痕を押された時のような痛みが全身を襲い、動けなくなってしまう。そうして無言の悲鳴を上げながらもぞもぞと動いていると、メイド姿のマルヤーナが、少女の惨状に気づいた。


『大丈夫ですか? どこか痛むんですか?』


 少女の祖国でたまに聞かれたノレギ語や、エルフ発祥の国「アールヴヘイム王国」で話されているアールヴ語ではない。何と言っているのか彼女にはわからないが、表情と仕草から、自分を心配していることだけは伝わる。


「あー……すみません、体のどこに力を入れても、打撲したように痛くて……」


 ここが一次目的地のアールヴヘイムではないにしても、撃墜された位置から考えて、そう遠いところではないはず。少女はその様に予測し、目の前の女性がアールヴ語を解することに賭けて、アールヴ語で話しかけてみることにした。


「……! あなた、アールヴ語ならわかるんですね?」


 ルオトラはアールヴヘイムの隣国であり、何ならエルフ系貴族の半数はアールヴヘイムに起源をもつ。そういった経緯から、上流階級の間では、アールヴ語が必修科目となっていた。


「ああ、通じてよかった……私、極東の葦原皇国からきました。アジェーナと呼んでください」

「初めましてアジェーナさん。私はルオトラ連邦カヤーニ子爵が娘、マルヤーナ・カヤーニンと申します。全身が痛いとのことですが、あなたは飛行器(カイト)に乗っていたところを撃墜されて、この"渡り鳥の安息地"リントゥアルエ辺境伯領に墜落したのです。今は安静にしてください」


 墜ちてきた少女、アジェーナが名乗ると、マルヤーナも名乗ったうえで状況を説明し、下手に動かないように勧告する。


「やっぱり、ここはアールヴヘイムのノールボッテンじゃないのか……世界一周飛行の途中なんだけど、全身痛くて動けないし、どうしようかな……」

「世界一周……それであんな立派な飛行器(カイト)に乗っておられたんですね。うちは客人一人養えないほど貧しい家ではないですから、体が癒えて帰国のめどが立つまでゆっくりなさってください」


 ノールボッテンはルオトラ連邦領の北東側と接しているアールヴヘイムの自治体で、リントゥアルエからはもう少し東に飛ぶ必要がある。ルオトラとの交易拠点としてそれなりに栄えているが、わざわざ遠く海を越えて葦原から飛んで来たい程魅力的な場所ではない。

 世界一周飛行といっても無着陸という意味ではなく、単に休憩と補給のために立ち寄るだけの予定だったのだろう。


「ありがとうございます。ご面倒をおかけしますが、しばらくよろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」


 体が動かせたら深々と頭を下げてそうな様子でアジェーナが言うと、マルヤーナは優しく返答する

 そうして話が一段落したとき、部屋の扉がノックされた。


『ルルです。お湯とタオルを持ってきました』

『あ、ちょうどいいところに。お客さんが目を覚ましましたよ』

『えっ!? マジ!? 失礼します!』


 そのようなやり取りが扉越しにあった後、部屋に入ってきたのは銀髪の美少女だった。

 年の頃は14くらいだろうか。水のようにしなやかで透明感のある長髪をツインテールに結い、全体的に華奢な体つきは、ガラス細工のような美しさと儚さを持ち合わせている。しかし、不思議と不健康そうな印象を受けないのは、意志の強そうな瞳をしているからだろうか。


「アジェーナさん、こちら、うちのメイドのセルヴァです」

『あ、アールヴ語じゃないとダメ?』「……カンシティオント伯爵が娘、セルヴァ・アウリンカ・カンシティオントンです。これからしばらく、身の回りのお世話をさせていただくことがあるかと存じます。よろしくお願いします」


 そういってセルヴァはぺこりとお辞儀をした。


「葦原皇国のアジェーナです。よろしくお願いします」

「それじゃあルル、早速だけど、私はアルマス様を呼んできます。その間、アジェーナさんを頼みますね」

「りょーかいです。行ってらっしゃいませ~」


 そのようなやり取りののち、マルヤーナはアジェーナが目覚めたことを伝えるため、アルマスを迎えに部屋から退出した。

常時へその緒がつながっている狂言回しというのはなかなか見ないと思いますが、どうでしょう。

少しでも面白いと思っていただけたり、本作を応援したいと思っていただけましたら、評価(★★★★★)とブックマークをよろしくお願いします。

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へその緒でつながった試験管のふたはベッドの枕元にでも置かれているのでしょうか。くるくる巻いてベッドの中かと思ったけど息苦しそう。常に試験管の中で飛行器のパイロットとして納められてる「部品扱い」なのかと…
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