似たもの同士
「ささ、皆さま。お茶が入りましたよぉ~。奥様もアジェーナ様からの報告はお聞きくださいねぇ~」
そうして、戦場を眺めながらのお茶会が静かに始まった。
濃いめに煮だした紅茶にコケモモのジャムをたっぷり入れてゆっくりと暖を取るように嚥下する中で、砲兵中隊の兵たちも余裕が生まれた順にやって来ては、沸かしたての紅茶に目一杯の砂糖を入れて流し込んでいく。
「で……結局南側も散発的に追い散らすくらいで、現状は様子見といった感じかなと……」
「当初の懸念にあった物量任せの突撃が来るわけではなく、敵軍の渡河装備の詳細もまだ不明、飛行器も飛んでこないし、件のエースの姿も見えずと……最初からクライマックスかと思ってたけど、妙におとなしいわね」
アジェーナの目の前に座るイルマタルは、井戸端会議をするご婦人そのままの態度で椅子に浅く腰掛けつつ、指揮官としての意見を口にする。
「はあ……」
「敵軍から上がる炊事の煙が少ないのよ。これから寒くなるっていうのに、食料も薪もろくに持ってきてないみたい。だから急戦型で来ると思って急いで準備したんだけど……どういうつもりなのかしらね」
「へえ……」
すっかり恐縮してしまっているアジェーナは、ただただ間の抜けた返事をすることしかできない。自分の身を守るため、そして人間兵器としての性能テストのため、個人での戦闘術は叩き込まれている。しかし、作戦や戦術といった部分は基礎的なことしか教わっていないため、気の利いた返事をすることも難しかった。
「……もっと気楽に構えていいのよ? こんなの単なる定時連絡みたいなもんなんだから」
「そうなん、ですかね……」
旅団長と言えば少将、つまり将軍だ。しかも自分が食客として仕えるアルマスの母親であるのだから、緊張するなと言う方が難しい注文である。
「その妙にまじめなところ、昔の息子を見ているようだわ」
「はあ」
「あの子、昔はまじめでおとなしい子でね。割と人見知りするし、外に出たがらなかったのよ」
「そうだったんですか」
そういえば本人も似たようなことを言っていたような、と思いながらアジェーナは当たり障りない返事をした。
「社交会とか全然興味なかったし……戦争のお芝居や昔の英雄譚よりもね。目の前の魔法回路を触る方が好きな子だったわね……」
「三つ子の魂三百までですぅ……」
そのころのアルマスを知っているのか、ピリッタもイルマタルの言葉に合の手を入れる。見た目では年齢が全然わからないところが、エルフ系種の恐ろしいところだ。
「でもそのくらいなら、なんだかんだ趣味の域に納まると思いますけども」
「はぁ……趣味の域に納まるなら本当に良かったのだけれど、年がら年中家庭教師に回路の使い方や応用について問い詰めて、先生を二人ノイローゼで病院送りにしたし、仮病で舞踏会を欠席すること八度……」
「いや~あのころはほんとすごかったですねぇ~」
そう言ってイルマタルとピリッタがため息をつく。
「だから私、マルヤーナさんが来てね、すっごい安心したのよ? それまでのあの子は『世界一の名声』と『世界一の美女』と『新しい魔法回路一個』のうち、どれか一つを選ばせたら、絶対魔法回路を選んだから……」
「そういう意味では、もしかしてアジェーナ様の事は『新しい魔法回路』だと思ってらっしゃるのかもぉ?」
「ええ!?」
確かに、今生の体は人間の手が入り過ぎていて、天然物とはいいがたいところがある。とはいえ、人間扱いされていなかったら、それはそれで悲しく思うのが人情だ。
「冗談ですよぉ。さすがにアルマス様はそこまでマッドじゃないですぅ」
「ま、息子があなたの事を大切にしてるのは事実だし、私たちもそれを応援するまでよ。さっき言った通り、敵も長期戦の備えはしてないみたいだし、安心してどっしり構えていればいいわ」
「お、応援!? 私はあくまで居候の身であって、第一あの人にはマルヤーナさんと言う婚約者がですね!?」
まるでアルマスと恋仲でもあるかのような言い方をされてアジェーナは取り乱す。
「まじめねぇ……うちは辺境伯家なんだから側室だって取れるのに、そういうところもあの子そっくりよ」
そう言ってイルマタルは紅茶を飲み干すと、カップをソーサーの上に置いた。
「そ、側室……」
「私はあなたの事気に入っているのよ? 最初、家ですれ違った時。この遠く東の果てからお嬢ちゃんは、一体どんなチートや裏技を誇らしげに使う人なんだろうって思ってたのだけど……私の目の前にいる本物の『あなた』は、現実的に一歩一歩、自分がするべきことを丁寧に積み重ねて、出来る事を最大限頑張ってきた地に足の着いた人間なんだもの」
「アルマス様に限らずぅ、リントゥアルエ家は地道に努力できる方を評価する家風ですからねぇ」
そう言われてみると、マルヤーナも日々鍛錬を怠らない真面目なお嬢様である。なるほど、この過酷な環境で、リントゥアルエ家が今日まで生き残ってきた理由が、アジェーナには垣間見えた気がした。
「そういうわけだから、アジェーナさんは何か相手に動きがあるまでここで待機でいいわ……ピリッタは紅茶のお代わりを頂戴……」
緊張して只管聞き役に徹するアジェーナを余所に、イルマタルが懐からブランデーの瓶を取り出す。
「あっ、こらぁ……奥様ぁ……? 流石にブランデーはダメですよぉ……!!」
そのまま飲酒しようとしたところ、ピリッタに制止された。砲兵陣地から失笑が零れる。
「いやよ、私、旅団長よ。私がブランデーを飲まないと……この砲兵中隊は誰も隠れて酒の一杯も飲めないのよ」
「そういう問題なのかなぁ~」
なんだか気が抜ける光景だが、イルマタルは先ほどの冷静さが嘘のように目を吊り上げてメイドに食い下がっていた。




