血統
新年あけましておめでとうございます。今年も本作と樹脂屋令嬢をよろしくお願いします。
「戦争、始まっちゃったなぁ……」
まだ雪のちらつく参謀本部近くの“滑走路”に、防寒服を着たアジェーナが飛行器を着陸させたのは、散発的な戦闘が始まってから一時間ほどが経過した頃だった。
今朝、アルマスが最後通牒を跳ねのけたころに彼女が命じられたのは、他の飛行器分隊員と共にリントゥアルエ領内の陣地を双眼鏡片手に旋回する警戒監視飛行である。
これは敵の馬賊騎兵部隊や飛行器を用いた空挺部隊がグリッチを用いた強襲を行った場合、これを早期発見し、防衛体制の瓦解を防ぐためのものであった。
「アジェーナ様、無事帰還おめでとう、あちらでデブリーフィングをお願いします!!」
「はい其方も、ご安全に」
彼女たちが地上に降りたってすぐ、交代要員の空挺分隊のエルフ系種たちが、様々なセットアップ──軽い助走のように自然な動作の者もいれば、その場でしりもちをつくなど明らかに異常な動作の者もいる──で空へと舞い上がっていく。背負っていた飛行器を降ろして彼女たちを見送り一息をついたとき、驚くほど白い息が外肺からもくもくと空に昇って行った。
交代要員の方々が切迫していないのは、幸いなことに戦況が膠着しているからである。
チュン帝国軍でも第一軍の方ならば、第二軍より上流側に陣取っていることもあって一気呵成に渡れてしまいそうなものであるが、彼らはなぜか渡河を躊躇しているようだ。
「そりゃ、これだけ防御してればねぇ……」
アジェーナが双眼鏡越しに眺めるリントゥアルエ領の歩兵連隊陣地では、多くの歩兵たちが機関銃陣地と共にその銃口をサイマー河とその奥に広がる敵陣地へと向けていた。徒歩であっても渡れてしまう土地だからこそ、この防備には十分すぎるほどの密度が展開されている。
「アジェーナ様。気になるのは分かりますけど、報告が先ですよぉ」
気づけば、レンズからの景色に夢中になっていたアジェーナの後方に同じ防寒着を纏った表情豊かなエルフの少女が立っていた。
「えーっと、あなた……」
「ピリッタ・ペルトマー准尉ですぅ。アジェーナ様、ひどぉい……アルマス様の屋敷で共に過ごした日々、もう忘れちゃったんですか?」
アジェーナは彼女が誰であったかを、脳の片隅から思い出した。
「あー、あー!!」
アルマスが彼女につけた飛行器分隊員には、館にいたメイドたちの中で成績がいいものが数人選抜されていた。目の前で頬を膨らませたピリッタはその中の一人であり、先ほどまで共に空を飛んでいた一人であった。
「勿論覚えてますよ!」
「わかればよろしいですぅ」
ドヤ顔を向けるピリッタに苦笑いを返しつつ、アジェーナは館にいた人々の顔を不意に思い出していた。アルマスとセルヴァは西河に近い第二連隊の陣地で“旗を守る仕事”に従事している。
マルヤーナは、領土防衛の切り札である河川砲艦を準備するため川の下流に移動中、何度かすれ違ってあいさつした領主のアールニ様と執事のサルヴォさんは司令部のテントの中で缶詰め状態だし、館に居た他のメイドも今は領邦の首都であるロヴァリンナの警備や防衛のための歩兵隊として頑張っているらしい。
「メイド長はルルちゃんと一緒にアルマス様についてるんだっけ」
「そうですよ。だからアジェーナ様方の身の回りのお世話は、メイド長の代わりに私たちがしっかりやらせていただきますよぉ」
そう言われてたアジェーナがピリッタに背を押されるままに向かった先は何故か参謀本部があるテントではなく、此方の砲兵中隊陣地が置かれた小高い丘の上であった。
「あれ、ピリッタさんここであってます?」
「それがですねぇ、さっき通信でこっちに来てくれと連絡がありましてぇ」
「はぁ……」
そうしてアジェーナが辿り着いた場所には郷土防衛隊の火砲とそれを運用している人たち、そして明らかに場違いな品の良いガーデンテーブルとチェアーがいくつか、そしてその傍に置かれた湯気がゆらりゆらりと立つ小さな電気ストーブが幾つもおかれていた。
「??????」
「お、奥様……アジェーナ様を連れてまいりました」
「へ? イルマタル様? どうしてここに?」
アジェーナの目の前で、一人の軍服を着た純血種の女性がグリッチでそのストーブを動かしている。帽子に纏められた美しい銀髪と、肩越しに見える制服の肩章から彼女の地位は容易に想像できた。
「答えは簡単、ここが郷土防衛隊の旅団本部だから。ねぇ、ピリッタ。お湯を沸かしたからお茶を“出来る限り”用意してもらえる?」
「はい奥様、ただいま!!」
そう言って、郷土防衛隊の旅団長閣下はピリッタを顎で使いながら、ぶっきらぼうな態度でアジェーナのために椅子を引く。
「アジェーナさん、あなたは私の話し相手ね」
「はいぃ……」
その一言だけで、今日一番情けない声が漏れ、きゅっと心臓が縮む音がした。
おずおずとチェアに腰掛けると、小高い丘の上からは郷土防衛隊を構成する二個歩兵連隊が、サイマー河西岸に広がるランキラパ村を挟んで展開する様子がよく見える。
日は高く上り、どんよりとした雲に覆われた空から相変わらず雪がちらついている――まさに絶好の飲茶日和であった。
「アジェーナさんも見えるかしら? 下の方……兵士たちが煙草吸ってるの」
「紙巻ですよね? 軍用の……」
ピリッタがいそいそと茶葉を蒸らす中、報告も効かずにイルマタルがぽつぽつと言葉を連ねる。
「そう、戦争やるからって、見境なく配るアレ……」
「はい」
「私、あれ、苦手なのよね。あの人も執事もおじさま方、みんなして煙突になっちゃう。戦争が始まったからかしら、普段どれだけ我慢してたのかってくらいず~っと吸ってるのよ」
「ずっと……?」
アジェーナも煙草ぐらい前世から知っている。しかし、自身は吸ったことがなかったし、喫煙所が身の回りからどんどんなくなっていったから、そこかしこで四六時中タバコが吸われている光景と言うのがいまいち想像できなかった。
「そう、ずっとよ。ガラスの灰皿の上に吸い殻がこんもりと溜まってね、そしたらやっとタルヴォが捨てに行くのよ。嫌になっちゃうわ」
アジェーナが見つめる彼女の表情にはしっかりと辟易というものが浮かんでいた。
彼女の不機嫌に反応するように、脇で薬缶が甲高い鳴き声を上げ、ピリッタがせわしなくお茶の用意を進めていく。
「だからお茶ですか?」
「凍えるより、温まる方がいいでしょう? それに、あんなところで報告を聞いても面白くも何もないわ」
「奥様、危険じゃないんですか?」
指揮官と幕僚が詰めている旅団本部であれば、ここより戦場から遠くて砲弾も届きづらいし、何かしらの備えをしてあるだろう。しかし、ここは貴重とはいえ一砲兵隊の指揮所であるから、参謀本部に比べれば危険な場所のはずだ。
「大丈夫よ、どうせあたらないわ」
アジェーナはイルマタルが真っ赤に染まった舌をちろりと出したのをみて、内心で全てを察した。
この親あっての、あの子あり――リントゥアルエの血は確かに後世に受け継がれている。
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