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防衛計画事前策定

 チュン帝国の最後通告の後、午前の日が昇るまでにサイマー河の各防衛網で散発的な戦闘が開始された。


「来たぞ、チュンの斥候だ!! 撃て撃て!!」

「見てろ……豊穣の女神(アジェーナ)様が齎した機関銃の力を見せてやる」


 チュン帝国側の偵察兵に対し、隠蔽されたリントゥアルエの機関銃陣地が火を噴く。


『なんだあの装備、逃げろ……逃げろ!!』

『奴ら、しっかりこっちまで陣地を……』

『隊長、クソッ……田舎のエルフ共の分際で……』


 突如として大量の銃弾を撃ち込まれたチュン帝国の偵察兵たちは、這う這うの体で撤退せざるを得なかった。


「はは!! すげえ、すげえなこの武器……この弾!! 小悪党相手に使うのが勿体ねぇ!!」


 これらの戦闘は敵斥候と防衛陣地の極めて小規模な衝突にとどまった。

 その最たる理由は、敵斥候部隊が小隊、分隊単位で作戦行動を行っていたこともあるが、少ないなりに工夫を凝らして配備された機関銃陣地に対して、チュン帝国の部隊が有効な奇襲攻撃の手段を持ちえなかったことも、重要な要素として挙げられるだろう。




「小競り合いが始まったか」


 リントゥアルエ領の防衛陣地内、前線から少し離れた高台に築かれた参謀本部で総司令官であるアールニ・リントゥアルエンが呟いた。

 

「はい、報告では……陣地南側の義勇軍第一連隊より、我ら義勇軍第二十三防衛中隊。敵偵察小隊を散々に撃滅せりとの事です」

 

 伝令からもたらされたむやみに勇ましい報告を、テーブルを囲む幕僚たちがせせら笑う。


「突発的な衝突にしても、報告が少々感情的に過ぎますな。これでは防衛戦における機関銃陣地の“値踏み”が出来ませぬ。最近の若者は報告すら冷静にできんとは」

「そう言ってやるなオイヴァ……。あまり魔法(グリッチ)を使わずとも『威力』が出るという点において、火薬式機関銃の重要性は大して変わらんよ」


 不服そうな片眼鏡をかけた長髪の純血種であるオイヴァ・ハルムクロナ情報参謀の言葉に、銀髪を荒々しく撫でつけた純血種、オスク・サーラスティ作戦参謀が笑顔で返す。

 アールニにとっては両者とも長く付き合いのある将校であり、水と油に例えられながら普段はリントゥアルエの新聞と軍事工業を担う大黒柱であった。


(こいつら、後釜が居るからってまぁ呑気に参陣しおって……ま、それは俺も同じなんだが……)


 何かと危急において刺激を求めがちなのは、今も昔も純血種の性なのか――と、アールニは己の栄光ある武名と血筋と責務を脇に置いて自嘲する。

 目の前で落ち着きのない子供のように目を輝かせる長老たちは、文字通り血に飢えていた。自身を含めて、もし許されるなら今すぐ小銃を背負って国境の河岸まで駆けだしてもおかしくはない一種の高揚感が、今の参謀本部には広がっている。


「オスク、オイヴァ。新兵器の話はいったん置いておくとして、本格的な戦闘が始まる前に一度状況を整理しようと思うがどうだろうか」


 故にこの場において最も冷静でなければならない立場としてアールニは、彼らの生き生きとした会話を遮り、テーブルを指でカツカツ叩く。

 その盤上にはサイマー河とその周辺の村々を記した地図が広げられ、木製の駒におって各連隊および敵師団の位置関係が表されていた。


「先ほどの散発的な衝突は、うちの自慢の息子が連中の最後通告を蹴り飛ばしたゆえに発生した事態であるが……タルヴォ。これでチュン帝国の動きは我々の想定通りの形となったと見ていいのだな――此方の偵察結果も併せて聞きたい」


 淡々と所見を求めるアールニの言葉に、自身の後方に立つ執事服を着た混血種であるタルヴォ・レイヴォ参謀長は普段以上に機嫌よく報告を読み上げる。


「左様でございます旦那様。我々の斥候部隊と魔法(グリッチ)反応計を顧みるに、チュン帝国は国境であるサイマー河の西側に第一軍の本陣を展開しております……敵軍団の規模は一軍ごとに約3万程度。歩兵四個連隊を束ねた二個師団および飛行器(カイト)や大型の飛行機(プレイン)を装備した敵空挺連隊と砲兵大隊が渡河攻勢の準備を行っているようです。敵の砲は旧式の混成装備ではございますが敵第一軍の砲兵には80門程度が、装備されていることをこちらの航空偵察によって確認済みです」


(此方の偵察は成功している……ま、これが機関銃陣地の有無の差と見るべきか?)


 リントゥアルエ側の偵察は特に滞りなく成功する一方、チュン側の偵察は機関銃陳地に散々に追い散らされ、まったく奏功していないらしい。グリッチに不慣れな義勇兵でも、常人の偵察部隊なら簡単に追い散らせるあたり、だれが使っても同じ効果が得られる兵器と言うのは便利だ。


「まったく、なんとなんと、賊軍にしては良くそろえたものでありまするなぁ」


 ハルムクロナ情報参謀が敵軍を嘲る。敵軍の所属は確かにチュン帝国であるが、そこに所属する兵士はチュン帝国本土の民だけでなく、現在馬賊化しているルテニア人──奴らが北狄人と呼んでいる人々──が相当数混ざっていた。これを指して、彼は賊軍と呼んでいるのだろう。


「違いねえが、現状は普段通りのチュン帝国軍だな。参謀長」

「はい、続けます。流域西側は川幅も狭く、鉄船や架橋用の装備に抜きでも歩兵の渡河が可能な地域にありますので、此方も避難が済んだ国境の集落、ランキラパの左右に塹壕を敷設し、リントゥアルエの郷土防衛隊を中心とした主力部隊を展開しております」

「通信は聞こえたが、アルマスもその主力部隊か」


 先ほど、領主を差し置いて戦闘前の演説をぶち上げていた通信が気になり、アールニは息子の所在を確認する。


「左様でございます旦那様。殿下は第一連隊の軍旗護衛中隊長として、命より大切な連隊旗をお守りする最も重要な職務を果たしておられます。また、戦場の北方はリントゥコト、この時期は泥濘が広がる湿地帯であり、おじいさま方の擲弾兵中隊も一部こちらにおりますので、我々の主力は敵軍に迂回機動されて押し負けるということは、無いと見てよろしいでしょう」

「ま、敵も国際問題になってまで水源に兵を分けるような余裕はないだろう……やるなら、敵の第二軍が北進しているはずだもんな」


 リントゥコト湖はルオトラ、チュン、アールヴヘイムの三国に接しているため、下手にこの湖を渡って侵攻しようとすれば、アールヴヘイムとの国境を侵犯しかねない。いくら傲慢不遜なチュン帝国と言えど、自分から敵を増やすような真似はしないだろう。


「ただ、想定通りではありますが、チュン帝国はサイマー河の南側に第二軍を展開してございます。サイマー側の南側は喫水もある程度深く、歩兵の渡河は現実的ではございません。また、渡河されたとしてもサイマー河南側のヴィエミ村周辺の地形は、起伏にとんだ丘陵が続くことはご存じであられるでしょう……ですが我々が南側に配置した兵は、義勇軍を中心とした急ごしらえの歩兵旅団であります。機関銃座を重点的に用意しましたが、戦闘が長期化しては不都合が出ることもございましょう」


(おいおい執事君、余所の人的資源とはいえ、ルオトラの国民だぞ……後で、尻拭いするのは俺だって分かっているのか……?)


 とはいえ、アールニもこうするほかないことぐらいよく理解している。自分一人が頭を下げればよいのなら安いものと思うことにした。時には非人道的に割り切ることも、領主には必要なのだ。


「参謀長、懸念への対策は?」

「基本的に予備兵は南側に配置し、敵軍の圧力を見て防衛線を増強する形で対応する予定です。また我が方の飛行器発着場は参謀本部の付近に存在しておりますので、想定外の事態が発生した場合におきましても、戦線に甚大な影響が出る前に即応することが可能です。万が一にも渡河されたとしても、包囲の前に主力の撤退は問題なく行えることでしょう」


 リントゥアルエ側の最大の優位点は、空挺兵──この場合は、飛行器(カイト)と、それによる飛行技能を有する歩兵のこと──が質量ともにチュン帝国側を凌駕していることにある。緊急時にはこれら空挺兵を必要な場所に急行させ、敵軍を抑え込む想定であった。


「これに限っては、我々も帝国を笑えませぬな……客人が居なければ、どうなっていたことか」

「然り然り」

「練度問題は今後も課題だな。銃を使える兵は勝手に増えるが、誘導弾を使える兵隊は畑じゃ取れんぞ」


 参謀長の言葉に、幕僚たちが吹き上げる煙の量が明らかに増える。


(世知辛いね。まったく)

 

 アールニはうんざりしながらも、傍に座った妻であるイルマタル・リントゥアルエンへと目くばせをした。

 リントゥアルエの本軍であり主力である郷土防衛隊の旅団長を務める彼女は、純血種特有の銀髪をまとめ上げて軍帽に隠し、近衛連隊時代の軍服に袖を通しながら、アールニ以上にうんざりとした表情で、口元を横一文字に結んでいる。


(おっと……これは、切り上げんと不味いな……)


――状況は事前の想定通りであり、この状況が崩れることは考えづらい。


 ならばアールニにとって今もっとも重要なことは、将として如何にチュン帝国を撃滅するかではなく、家庭の長として明らかに不機嫌な妻の機嫌を回復させ、予後の不安を回避するということであった。

少しでも面白いと思っていただけたり、本作を応援したいと思っていただけましたら、評価(★★★★★)とブックマークをよろしくお願いします。特に感想とか頂けると、作者が小躍りして喜びます。

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