最後通牒
かくして秋も暮れ、リントゥアルエに広がる燕麦の収穫が終わったころ、チュン帝国側も徴募兵から成る第二軍の編成を完了させ、サイマー河の西岸で示威行為を続ける第一軍のもとへと送り込んだ。 にらみ合いが一週間ほど続いた後、雪がちらつく日の朝、リントゥアルエ辺境伯領は最後通牒の回答日を迎える。
サイマー河のほとりにアルマスが立つ。
その正面には、馬で渡河してきたのであろうチュン帝国の使者であろう東洋系の武官が、眉間にしわを寄せて立っていた。
「先ほど、我が方の将軍であるウ・グスン将軍が此方の陣へと到着した。今この時が我が方が本件に対して最大限譲歩することができる刻限である。再度、貴国に告げる。現在貴国、リントゥアルエ領が匿っている葦原の『スパイ』、その身柄、引き渡す気になったか?」
「ルオトラ王国リントゥアルエ領より、我が領邦の『食客』について回答させていただきます。『かかってこい、相手になってやる!』……それ以上の回答はありません」
「承知した。次は戦場で会おう」
アルマスがアジェーナの引き渡しを憮然とした態度で拒否すると、チュン帝国軍の使者は眉1つ動かさず引き上げていく。
「いよいよですね……アルマス様」
「ルル、最後には我々が勝つさ。それだけの備えをしてきたんだからな」
そう言ってアルマス達はセルヴァを伴って、自軍の陣地へ引き上げていく。
不思議と、その心中は無風の湖面のように静まっていた。
「アルマス様、キマってるぅ」
傍に立つ、セルヴァが普段通りの軽口をたたく。
彼女はいつもののメイド服を脱ぎ、郷土防衛隊の制服に袖を通して、領主館で留守を守る同僚たちとおそろいの銃剣付き空気銃を担いでいた。
「……奴ら、思ったより冷静だったな。爺様たちが考えるほど、楽な戦闘にはならないかもしれない」
「どんな奴が来ても、……ルルの秘密兵器で、ジェナちゃんに迫る悪漢は、その悉くを薙ぎ倒すまでです」
そういって笑うセルヴァを見て、アルマスは襟を正した。
普段通りの態度も、彼女なりの心配なのだろう。
「まったく……」
「ところで、あれやらないんですか? あれ」
何かを期待するような目でセルヴァがアルマスを見つめる。
「あれ、ってなんだ、あれって」
「ほら、戦にはあれが必要じゃないですか。司令官の演説」
「あのな、もう火薬の時代だぞ、いったいいつの話をしているんだ」
アルマスが渋っていると、横からグリッチ拡声器を持ったメイド長が近づいてきた。
「坊ちゃま。拡声器のご用意はできております」
「メイド長まで……。仕方ない、こういうのは向いてないんだが……」
陣地に戻ったアルマスは、静かに覚悟を決めると、ざわめきの中で川辺に広がるリントゥアルエ領の旗の立つ陣地を睥睨する。そして、メイド長に持たされたグリッチ拡声器のスイッチに手をかけた。
塹壕線には領土防衛隊の制服を身に着けた兵が、青年が、中年が、少年が、女性が、ヒトが、人造種が、純血種が、混血種が、同じ小銃を持ち、あるものは見張りに立ち、あるものは塹壕を補強する木壁に寄りかかっていた。
「……リントゥアルエ郷土防衛隊、並びに義勇旅団に告ぐ。私は第一連隊連隊機護衛中隊長を拝命した、リントゥアルエ辺境伯アールニ・リントゥアルエンが嫡子、アルマス・リントゥアルエン大尉である。まずは、今年の春、我が領邦へと降り立った客人のため、傍若無人な馬賊達とそれを顎で使う厚顔無恥な卑劣漢に対抗するため、この地に集まった英雄諸君に感謝を伝えたい」
彼らは今や静まり返っていた。
平時であれば、立場や出自が異なる領民であるはずの彼らは、今や郷土防衛というイデオロギーの前に統制された兵隊となっていた。
「先ほど川向いのチュン帝側の使者より、敵将ウ・グスンが到着した旨と最後通告が我が方へと伝えられ、我らが参謀本部は『客人』の引き渡しを却下した。暫しの後、敵集団はサイマー河を越えて、このリントゥアルエの地に足を踏み入れようと行動を開始するだろう」
アルマスが拳を振り上げる。
冷静に、淡々とそれでいて、聞く者の心臓に響くように朗々と言葉を連ねる。
「この清廉なるリントゥアルエの地を、無慙無愧の者どもに踏み荒らされてよいものか!? 否、決して許してはならない!! この中には、今ここに集いし兵達の中には、連中、あの野蛮人共が過去に我々にしてきたことを覚えている者も少なくはないだろう。嘗ての戦役と同じように、奴らは、匪賊たちは、我らが故郷、村々の蓄えを狙うだろう。燕麦の袋を破り、息のある家畜を殺し、力なき人々を暴行し、我が物顔で、我らが故郷の街並みを、森の木々を、清廉なるリントゥコトの湖畔を踏み荒らすだろう!!」
河に向けて幾重に銃口を向ける機関銃陣地の砲手たちが、アルマスを見た。
彼らの銃口が、今一度馬で歩めば渡れてしまうサイマー河の奥へと向かう。
「我々が秋の収穫を無事に迎えられたことは幸いである!! 本年の夏から秋にかけて行われた肥料の増産に伴う大豊作を、自ら踏みにじるような愚行を犯さずとも好くなったからだ――我々は、否、我々こそが領邦へと迫る匪賊に突き立てられた槍の矛先であり、確固たる意志を持ち、未来のために立つ類まれなる戦士である!!」
アルマスが声を張り上げ、小銃を天に掲げる。
使い古されたライフルに装てんされた最新式の弾丸は、今年の夏よりエステルボッテン方伯領で生産された火薬を使い、ロヴァリンナの兵器工場で生産されたものであり、郷土防衛隊のほぼすべての部隊が同工廠の弾薬を補給され、十分な量を装備していた。
「諸君、連隊兵士諸君!! その手に握られたライフルの弾丸を誰がもたらしたのか――冬の飢えに怯えていた我々に、誰が『電気』と『温室』を齎したのか、この場に知らぬものはいないだろう!!」
「そうだ!!」「ああ、そうだ」「アジェーナ様だ!!」
「アルマス坊ちゃまたちだ……」「女神さまだ」
「救われたぞ!!」「もう冬に死ぬ子も出るまい」
「戦うよ坊ちゃま」「殿下!!」「連隊長閣下!!」
人々が声を上げる中、アルマスはゆっくりと息を肺に溜めた。
この場にいる誰もが皆、姿勢を正し、敬意と覚悟を持ってこの場に立っている。
ならば、己がするべきことは一つ。
自ら端を発し、彼らの意識に火をつけることであった。
「そうだ、ならばこそ!! 我らが地に豊穣を齎した恩義ある『客人』に手を上げ、今まさに乱暴をせんとする匪賊に対して!! 我々が貫徹する『正義』を、我らが父祖は認め、未来の子孫は歌にして語ることだろう!! 郷土防衛隊第一連隊各位、奮戦を期待する!!」
「リントゥアルエ万歳!! ルオトラ連邦万歳!! 我らが客人、アジェーナ様万歳!!」
そうして、どこからともなく領歌の合唱が始まる。アルマスは静かに拡声器を下ろし、これから始まる地獄に対して、喜々として飛び込んでいかんとする民草たちをじっと見つめていた。
この日の事をいつまでもその目に焼き付けておくために。
そういえばアジェーナがいませんね。彼女は別の仕事に向かっています。
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