前線の様子
注目度ランキングの影響で、一時的にたくさんの方に知ってもらえたようで何よりです。そろそろクライマックスなので、このまま読み続けていただけると嬉しいですね。
翌日、アジェーナ達は前線の視察を行った。居ることがばれないように人数は最小限。余計な歓待などもせず、夜明け前の時間帯にこっそり見て回っている。
「これがこの時代の塹壕……」
実際に中に入ってみて、妙に感動したアジェーナがつぶやいた。
国境を流れる大河「サイマー河」沿いに築かれた塹壕線は、腹ぐらいまでの高さが掘られた半地下構造という程度のもので、戦争映画でよく見る全身が完全に土の下に入る塹壕より原初的に思われる。腹より上の部分は分厚く(≠高く)盛られた土によって隠れるようになっており、サイマー河西岸側(つまりチュン帝国側)からの射撃であれば、全身を隠すことができるようになってはいた。
「食客殿から見て、この防衛線はどう思う?」
一緒に塹壕の中に入るアルマスがアジェーナに尋ねる。
「葦原ではこのような防衛線を用意すること自体、行われたことがないのかなと思います。一方で、同僚から教えてもらった塹壕線からすると、どうも素朴なような……」
「素朴と言うのは、何か技術的に発展途上な部分があるということか」
「そうですね。例えば、完全な地下構造になっていないところとか、機関銃陣地がかなり少ないところとか」
アルマスの問いに対してアジェーナは視察中に気になっていたところを回答した。
「そうか、より時代が進んでいくと、もっと機関銃が使われるようになるんだな……残念ながら、機関銃が少ないのは国力の限界だ。単純に国産化できたのが数年前だったというのもあるし、作っても運用するだけの弾薬を3か月前まで作れなかったというのもある」
「3か月前……ああ!」
「自分の仕事なんだからもっと誇ってくれよ」
弾薬の製造能力が飛躍的に向上したのは、アジェーナのプロジェクトが硝酸合成工場を建設し、硝石に頼ることなく硝酸を製造できるようになったからである。すぐに思い至らなかった彼女に対して、アルマスは少々呆れたような口調で突っ込みを入れた。
「はあ……」
「……それで、塹壕をあまり深く掘っていないのは、まず放棄することが前提の陣地だから、というのがある」
「しっかりしたものを作ってしまうと、あとから奪い返すのが大変になる、と言うことですか?」
「そう。現在我が軍は相手の渡河中を攻撃できる圧倒的に有利なポジションで待ち受けようとしているが、いくら地の利があっても物には限界があるだろ?」
「そうですね。万単位の損害を許容すれば、敵軍はきっと我が軍の陣地を占領できると思います」
リントゥアルエの防衛計画は最初から国境は突破される予定になっている。川岸での防衛が破綻しはじめたら、速やかに撤退して仕切り直し、サイマー河-リントゥアルエ間の湿地帯でモッティ戦術による防衛を試みることになっていた。
「そうなったとき、あとから野戦で逆襲に成功しても、この陣地に逃げ込まれて持久されたらいやだろ?」
「それは確かに……」
せっかく敵を追い散らしたのに、あと一歩のところで自国領土内に居座られたら。それも、自分たちが放棄していった陣地を活用されての事だったら、いつも以上に不愉快だろう。
「まあ、我が国の土木技術上の限界もあるんだがな」
「というと?」
「基本的に手掘りだからそんなに大規模な工事はできないし、河が近い湿地帯だからあんまり掘ると水が出てきてしまう。水びだしの塹壕の中で寒い中立っていたら、ヒトは当然足が腐るし、エルフ系種もただでは済まないかもしれない」
「なるほど……」
「というか、一部ではすでに水が出てきていて困るという報告も上がっている。排水溝とかを掘らせる手間がかかってしまっているな」
塹壕内にたまる水分は史実でも大きな問題になっており、足が壊死する塹壕足が第一次世界大戦で蔓延していた。今回も規模は小さいとはいえ、塹壕を掘って相手を待ち受ける関係上、兵士たちには塹壕足のリスクが常に存在する。
「なんとまあ……ところで、あの電線は?」
そんな話をしながら歩いていると、アジェーナは盛り土から飛び出している電線を見つけた。
「こいつは魔法除けのコイルが埋めてあるんだな……だれか、ここの魔法除けを起動してくれないか?」
アルマスがそう言うと、一人の兵士が了解して、盛り土から引き出された電線の先へと走っていく。アジェーナがのぞき込むと、いわゆる電動発電機が設置されており、兵士がスイッチを入れると勢いよく発電機が動き始めた。
「アジェーナ、なんか適当な魔法をやってみてくれ。壁抜けみたいな危険が伴う奴じゃ無ければ何でもいい」
(なんでもって……!?)
声を出そうとしたアジェーナは気づく。グリッチで音を出そうとしているのに、何も聞こえない。すなわち、今のアジェーナはグリッチがつかえていないのだ。
「そうか。アジェーナは魔法で声を出していたな。これが『魔法除け』と呼ばれるもので、コイルで強力な磁場を発生させることで周囲ではグリッチが使えないようになるんだ」
きょろきょろと慌てたように周囲を見渡すアジェーナに対して、アルマスが冷静に告げる。
「高級な榴弾は壁抜け魔法回路を内蔵した時限信管が取り付けられている場合がある。こいつが塹壕を『壁抜け』して大変なことになるから、今時は野戦築城でも何らかのグリッチ妨害手段を用意しておくんだ。……あ、もういいぞ。ありがとう」
アルマスがからくりを説明した後、グリッチ除けの電源を切らせた。
「あ、声が出る! びっくりしましたよもー……」
「危険がないなら体感したほうが早いだろう? 魔法は面白いが繊細な技術だ。こういった仕掛け一つで使えなくなることは、よく覚えておいた方がいいだろうな」
「はーい……」
そうして返事をしてからふと考える。この先、磁場や電波を盛大に放出する便利な技術が実用化されていくはずだ。そうなると、グリッチを使える場所はどんどん狭くなり、やがてなくなってしまうかもしれない。「銃と魔法のファンタジー」で時々書かれるように、この世界のグリッチも、やがて過去の遺物になってしまうのかなと、アジェーナは思うのだった。
少しでも面白いと思っていただけたり、本作を応援したいと思っていただけましたら、評価(★★★★★)とブックマークをよろしくお願いします。特に感想とか頂けると、作者のモチベーションにつながります。




