グリッチ
その言葉を合図に、アルマスは右に、マルヤーナは左に、各々姿勢を下げながら跳躍した。
刹那、二人が立っていた飛行器前の雪野原へと、雹が振るような轟音と共に拳銃弾が叩き込まれ、雪煙が巻き上がる。
「乱暴な殿方ですね……ならば、容赦は不要というもの!!」
「馬賊ごときに遅れはとるなよ、マルヤーナ」
アルマスとマルヤーナが軽口を叩き合う。
分隊規模の盗賊が連射した拳銃弾が、各々を追跡するように軌跡を描く。
だが、跳躍して横転するはずの二人は寧ろ雪上を滑走するように加速して銃弾を回避していた。
『密技だとぉ!?』
馬賊たちが、現代の魔法の存在に驚愕する中、アルマスは背後に上がる光跡に臆することなく、一貴族の責務を全うしようとしていた。
周囲から零れていた掠れた笑い声が消える。混乱した馬賊たちは、とりあえず何とかして弾を当てようと、じりじりと前進しながら発砲してきた。
「雑魚め。遮二無二突っ込んでくる方がまだ面倒だったものを」
「私としてはその方が好都合だったんですけどねっ!」
左に飛んだマルヤーナの声が響く中、アルマスは冷静に状況を俯瞰した。
此方の回転式拳銃に残った銃弾は3発。残敵はまだ、その数倍は居る様子。
「取り急ぎ後3人は仕留める! 残りはそっちでやれるか!? マルヤーナ!」
「どうとでもなります!」
だが、マルヤーナの腕があれば、この状況を乗り越えるのは難しくない。
此方に注意を引けば、彼女がすべて解決してくれる算段は付いていた。
『なんで当たらねぇ……!!』
アルマスは速度と姿勢を変えながら風を切り、継続的に発射される弾幕をかいくぐり姿勢を正す。
『こいつら、戦いなれてやがる!!』
左右に分かれたアルマスとマルヤーナが加速しながらも、ほぼ同時に滑り込むように脚を横に倒し、腰から軍刀を抜いて逆手に構えた。影になるほどの雪が巻き上がる中、アルマスは声を上げながら軍刀を起点にして旋回する。
「古のエルフは、小枝を踏み折った者について、その腕を折って贖いとしたらしい」
幼いころから遊び慣れた雪中の遊戯のように、滑走のベクトルを曲げながら、若い貴族が持つ業物は既に密集した馬賊群を照準にとらえていた。
『くるぞ!』
『蜂の巣にしてやる!!』
案の定、馬賊たちの注目はアルマスに集まる。
拳銃弾の弾幕が降り注ぐ中、少年は滑り込むように加速し、盗賊達を飛び越えるように跳躍した。
「なら、俺たちに銃を向けた貴様らには、銃弾をもって贖いとするのが筋だろうな」
アルマスは盗賊たちと空中で交錯する中で、撃鉄へと手を添え、引き金を引いた。
瞬間、弾倉の中で雷管が火花を散らし陽光が銃身で鋭く光る。
――バパァン!!
三度の発射音が一度の爆発に聞こえるほどの重厚な銃声が鳴り響いた直後、扇連射によって連発された弾丸は、アルマスに誘引され、いつの間にか密集していた馬賊三名の頭部に向けて弾着した後、名刀の斬撃が如き威力を以て、その頭蓋を丸ごと吹き飛ばした。
『あああああぁぁぁ~~~~~~~~~!!』
『なんだ、なんだ!?』
交差しながら彼らの左後方へと着地して離脱するアルマスの耳に、馬賊達の悲鳴と激高が届く。
無理もない。
物理法則を無視した機動、弾道の操作、威力の増幅。そのすべてが、魔法により引き起こされた異常な事態である。
「見苦しいですよ。潔く死んでから出直してください」
瞬間、アルマスの側方から破裂音が鳴り響く。マルヤーナの散弾銃から放たれた無数の鉄杭が、密集していた馬賊たちをまとめて薙ぎ払った。その数も大きさも、彼女の銃からは物理的に吐き出されるはずのないものである。
『ぎゃぁぁああああ!!』
『豚風情がぁぁぁああああ!!』
少し前、「この世界では特定の動作をするとバグる」と説明したが、厳密には異なる。
実際には、厳しい公差を持つ特定の形状の電気回路が作動しているとき、プランク定数やら何やらが変動して、物理現象に反する事象が起こる現象であると、2世紀前くらいにようやく判明したのだ。
かつては妖術やペテンの類と混同されていたそれは、今や科学の一系統「グリッチ」として、人類の先進技術の1つに組み込まれている。しかし、その活用においては、国家間において未だ大きな開きがあった。
リントゥアルエ辺境伯領においても、いまだにグリッチの活用は軍事分野が中心であり、民間における科学技術としての利用は都市の一部に限られているのだ。故に、辺境の民はこのような戦闘技能として体系化された魔法戦闘ですら見たことがなく、実際に目の当たりにすれば確実に混乱する。
『もう駄目だ! 密技で殺される!』
誰かがそう叫んで逃げだすと、残った少数の馬賊たちは武器も放り出して一目散に遁走し始める。しかし、マルヤーナはその背後から、やはりおかしな量の鉄杭を撃ち込み、一人も逃がすことなく殲滅した。
わざわざ国境の川を越えてきて、領内まで浸透してくるような馬賊である。へたに助命したら、またいつ領民に危害を及ぼすかわからなかった。
「……終わったか。マルヤーナ、信号弾を打ち上げてくれ。国境警備の郷土防衛隊と協力して、彼女と飛行器を回収するぞ」
アルマスは戦闘の熱を冷ますようにため息をつくと、マルヤーナに振り向いた。視線の先には、無数の鉄杭が針山の様に雪原に突き刺さり、下手人を血と肉に還元した光景が広がっている。
これもすべては、魔法の応用だ。
今や電気回路さえあれば、人は壁を破壊せずにすり抜けることも、物体を縮小することも、材料物性を変化させることも、力のベクトルを捻じ曲げることもできる。
本来ショットシェルの中に納まらない鉄杭の原子半径を縮小し、裁縫針のように小さくして格納することもまた、難しくはないことだ。この針が銃から射出され、マガジンに仕込まれた電気回路の影響範囲から離れた瞬間、原子半径が元の大きさに戻り、鉄杭の嵐が馬賊たちに襲い掛かったというわけである。
「ええ、ええ、折角アルマス様が、武勇の誉れ高き辺境伯家らしい武勲をあげたのです。獲物は持ち帰りませんとね」
そして、脳とは、神経とは、最も身近にある電気回路である。
才能があり、訓練された人間であれば、立て続けに魔法を行使し、物理法則を無視した戦闘機動を行ったり、放った投射物の軌道を操作したりといった神の御業すらも再現することが可能なのだ。
「獲物って……」
満足げな表情を浮かべるマルヤーナの傍でアルマスは、今後起きる後始末のことを考えてため息をつく。とりあえず、早く少女を航空機のそばから移動できるようにするため、コックピットを分解して蓋を外す作業に移るのだった。
というわけで、構想だけはずーっとしていた異世界ファンタジー物を、これからしばらく書いていこうと思います。
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