戦の備え
「それでは、アジェーナ氏防衛紛争における郷土防衛計画の概要を説明します」
場所は変わって領主館地下。館内暖房の基幹システムが納められているほか、戦時では司令部として使うために増築されたこの場所の一室で、アルマスはリントゥアルエ家親族一同に防衛計画の説明を始める。
「初めに、これまでの分析から得られた彼我の戦力差について説明させてください。一言でいえば、兵器の性能では全体的に勝っており、単純な兵数では圧倒的に負けております」
ひっそりと話し合いに参加しているアジェーナは、まあ想定内の発表だっただけに特に何も感じなかった。
「一人何人殺せばいい?」
「5人殺して相討ちです」
「ならいけるな」
一人が戦力差を問い、アルマスが回答すると、議場がにぎやかになる。
「チュンの連中なら1:10はとれる」
「いつの話よ。今は火薬の力でキルレシオが縮まってるわ」
「俺たちはともかく、今の一兵卒にそんな練度期待できるのか」
リントゥコトは聖地の守護者と言う側面からその駐屯部隊「リントゥコト擲弾兵中隊」は全員がエルフ系種で編成されていた。そこで引退した古老と日常的に手合わせする関係でお互いが人知を超える戦闘力を身に着けており、中世では彼らが暴れるだけで敵軍に恐怖が伝搬し、撤退に追い込んだ戦例もある。
「お静かに。百戦錬磨の皆さんを基準にして物を考えないでください」
アルマスが手をたたいて雑談を遮った。火薬の力を借りる近代軍には、さすがに前述のような戦い方はもはや通用しないため、こうして防御計画を練る必要があるのだ。
「……とはいえ、敵に最大動員数は60000人に対して、こちらは現在着々と集まってくる義勇兵を活用しても12000人。平時の倍にはなりますが、先ほど言った通り、一人五殺してようやく引き分けです。なので、効率よく敵兵を斃していく必要があります」
後ろではマルヤーナが戦場の模式図を機関銃のように板書している。アルマスでは身長が足りないのだろう。
「幸い、敵軍はまだ銃砲の装薬を黒色火薬から更新できておらず、火砲には駐退復座機が付いていません。一方我が軍の銃砲は装薬を無煙火薬に更新できており、駐退復座機付の火砲を運用しています。弾丸初速も速射性も我が軍の銃砲の方が優秀ですから、案外、防衛戦であることも加味すると火力戦は互角に戦えるものと考えます」
この一言にアジェーナは内心驚いていた。火薬工場を見に行った時は、普通に脱脂綿を混酸で硝化し、念入りに洗浄したうえで可塑剤で成形していたので、もうこの辺りでは無煙火薬が当たり前に使われていると思っていたのである。そう言われてみると、確かに葦原でもまだ黒色火薬が現役だった気がするし、火砲にも駐退復座機が付いていなかった覚えがあった。
「そこで、まずはサイマー川沿いに陣地を敷いて火力戦を行い、敵軍を消耗させます。そのまま押し勝てればそれでよいですし、どこかが突破される場合はロヴァリンナ郊外に撤退して待ち伏せを行います。あとは我が邦伝統のモッティ戦術にて最終決戦を挑みましょう」
会場に「真っ当でいいんじゃないか」と言いたげな空気が流れる。一方のアジェーナはモッティ戦術が何のことが良くわかっていなかったが、自分以外はみんな理解できてそうだったので黙っていた。
「質問よろしいですかぁ?」
「はい、えーと……ひいおばあ様」
見た目にはふわふわした雰囲気の若そうな混血種の女性が挙手すると、アルマスが発言を許可する。
「制空権は、取れそうなのかしら。本作戦では、一度正面からぶつかった後、押し負ける兆候があれば撤退することになっていますよねぇ。でも、制空権を取られている場合は、敵空挺が退路を断ってくるんじゃないですかぁ? こうなっちゃうと、撤退中に大損害を受けて、もはやモッティ戦術どころではなくなっちゃうと思うんだけど、どうかなぁ?」
一瞬、(制空権?)と思ったアジェーナだったが、自身も飛行器で飛んできたことを思い出し、こちらでは飛行器同士の空戦が行われるのだと理解した。空挺と言っているということは、飛行器で飛んできた敵兵がそのままこちらの領土に着陸し、地上で戦闘を行うのだろう。まだ空軍と言う発想がなく「陸の兵士が臨時で空を飛んでいる」という考えで運用されているようだ。
「全兵力では負けているものの、空挺兵の数については我が軍も勝るとも劣らない見込みです。兵と飛行器の質では上回ってますから、制空権を喪い、撤退中に敵空挺に退路を断たれる可能性はないと考えています」
ここはグリッチに長けるエルフ系種を多数擁しているルオトラ陸軍の面目躍如というところだろうか。世界のバグを利用できるのは限られた人間であり、そんな中でみんな何かしらのバグを活用できるエルフ系種が短期間で繁栄したのも納得がいく。
「わかりましたぁ。それなら大筋は大丈夫そうですねぇ」
「ありがとうございます。他にご質問はありませんか?」
「はい」
「おじい様どうぞ」
たくましい混血種男性にアルマスが発言を許可した。
「負け筋をちゃんと考えたか? なんか勇ましいことを言っているご先祖様もいるが、俺は結構綱渡り的な戦いだと思うぞ。 さっきのばあさんみたいに、我が何をされたら苦しくなるか、もっと深堀すべきだ」
「うーん……手当てできるところは大方……ああ、そういえば」
そう言われて首をひねったアルマスは、ある男を思い出した。アジェーナをさらい、危うく出し抜かれるところだった、あの男の事を。
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