そりゃそうだよな、エルフだもんな
チュン帝国東方の都市。この辺境であれば、すべてがこの男の意のままであった。
「報告します閣下。当該の人物が見つかったため、そちらにお送りするとのこと」
「散々待たせておいてようやく返事をよこしたか。東夷め、西戎と北狄を征服した我々を下に見おって」
ウ・グスン将軍にして太守閣下は不機嫌を隠さずに言う。この数か月、彼は謀略を巡らせ、中央に根回しを行ってきたのだ。
「散々督促してようやくでしたからね」
「これだから仙人どもは好かんのじゃ。まあ、マクシムの奴が失敗しなければこんな危ない橋を渡らずに済んだともいえるがの……」
全ては葦原の道術兵器と転生の秘術を帝に献上し、辺鄙で治安の悪いこの領地から中央へ栄転するためである。
そして1週間後の事、将軍は部下に進捗を聞いた。
「どうだ、そろそろ葦原人はこちらにつく頃か」
「いえ、それが……」
問いかけに対し、部下は言いたくなさそうな顔をする。
「なんじゃ、いうてみい」
「引き渡し直前になって『人違いだったので探しなおします』と言ってきまして」
「馬鹿者! 早く探させるのじゃ!」
「は、はいいい!」
平穏に終わると思っていたらこれである。ルオトラに対する圧力を強化し、直ちに、遅滞なく道術兵器を入手しなければ。
それからまた1週間、2週間と時間だけが過ぎるものの、のらりくらりとかわされてなかなか返事を得ることができなかった。
太守とはいえ官僚機構の一部である。戦争を起こすのならば、中央への入念な根回しと、ルオトラ以外を敵に回さない慎重な立ち回りが求められるし、何より財政的に割に合わなくなると将軍は判断していた。
「葦原人の件はどうなっておる」
「それが奴ら、あれこれと返事を引き延ばした挙句『今は議会の会期外なので、直接リントゥアルエ領と交渉してほしいと」
「なんだその言い草は! こちらが務めて冷静にして居れば、馬鹿にしおって!」
お金と努力を惜しんだ結果、冬入りまでの時間を稼がれてしまった、と考えて良い。つまりルオトラは最初から「誠意ある対応」などするつもりがなかったのだ。
「……じゃが、考えようによっては、あの辺境伯領は見捨てられたともとれるのう……」
連邦国家であるルオトラは、各領邦の独立性が強い国である。リントゥアルエと直接交渉せよということは、連邦としてまとまった対応はとらず、リントゥアルエ単体に責任を丸投げしたとみて良い。
「それはそれで好都合じゃ。領主を脅迫し、葦原人を突き出させよ。戦争も辞さぬとな」
いくら辺境伯とはいえ、単独の領邦であれば恐るるに足らず。そう考えた将軍は威圧によってリントゥアルエから譲歩を引き出させようとする。軍もある程度動員して国境付近に並べ、示威行動すら行った。
「結局その返事か……! 人が下手に出てれば図に乗りおって……!」
しかし、何をしてもリントゥアルエは首を縦に振らない。もう動き出さないと、ルオトラの長くて厳しい冬が始まってしまう。この地方の冬は、すべての命を飲み込む悪夢のような季節だ。
「ど、どうしましょう、将軍閣下……」
「外征じゃ! ここまで馬鹿にされて黙っておれるか!」
怒りと焦りに突き動かされ、将軍はリントゥアルエとの戦端を開くことを決める。どうして一地方領主がここまで強気なのか、彼らは誰一人理解していなかった。
ところ戻ってリントゥアルエ辺境伯領首都ロヴァリンナ。ここには連日多くのルオトラ人が押し寄せ、郷土防衛隊の入隊試験を受けていた。
(私一人のために、こんなに……)
領主館の人だかりを見ながら、アジェーナは申し訳なさとうれしさを同時に感じる。
「みんな許せないんだよ。チュンの事」
冬に備えて一緒に館内設備を点検するセルヴァがそんなことを言った。リントゥアルエではチュンからの脅迫を受けて直ちに国内向けプロパガンダを発し、相手国の横暴さとアジェーナのここまでの苦労、葦原との連帯を説いている。
もちろん最初から政府より発出すると、チュン帝国がこちらに交渉の意思なしとみなして攻めてくる恐れがあったため、最初はあたかも市井の声であるかのように発出元を装い、本格的に戦争が避けられなくなったときに政府から直接発信するように切り替えるなど、かなり気を使った宣伝をしていた。
「そっか、そうだよね。私がどうこうというより、向こうが気に入らないってだけだよね」
一瞬でも自分のためを想って、と思った自身を恥じるアジェーナ。
「でも、入隊希望者の半数はリントゥアルエの人だし、やっぱりジェナちゃんに恩義を感じてるところもあるんじゃないかな」
「そう?」
「今はちょっと表に出られないけど、ジェナちゃんが視察に出た時にみんながかけてくれる言葉、全部本心だと思うよ」
発電兼暖房ボイラーや、その排熱を利用する農業ハウス群、伯立火薬工場などを見に行くと、そこの従業員や近隣住民が手を振ってくれる。近くにいるときは「あなたのおかげで暮らしが楽になった」と言ったようなことを言ってくれる人もいて、それがアジェーナの励みになっていた。
「そっか……そうだとうれしいな」
とはいえ、まだまだ自分はよそ者であるという自覚がアジェーナにはある。住民からの賛辞を受けてもどこか素直に受け取れないところがあった。
「ところでルルちゃん、兵士はいっぱい集まってきてるけど、それを指揮する人の当てはあるの? 前から郷土防衛隊にいた人を昇進でもさせる?」
「そういえばそうだね……いきなりルルに指揮しろって言われても困っちゃうなあ……」
二人が不安に駆られると、アルマスがエルフ系種の一団──純血種から人造種まで、男女ともいろいろな人がいる。皆、ヒト基準では20代前半の見た目だ──を引き連れてやってきた。
「ちょうどよかったセルヴァ。うちの爺様たちを客間に案内して、人数分の飲み物をお出ししてくれ」
『じ、爺様!?』
アルマスの言葉を聞いて、横にいたアジェーナがノレギ語で素っ頓狂な声を上げる。
『ああ。普段はリントゥコトに隠居してるんだが、こういう非常事態になると現役復帰してくれるんだ。そういえば紹介してなかったな』
『じゃあ、そこにいる若そうな方々は、全員アルマスさんの親戚どころか……せ、先祖ってコトですか!?』
『うん。エルフ国家はどこもこうなんじゃない?』
こともなげに言うアルマスに対して、アジェーナは茫然としていた。
「……! そっか、祖父母とか曾祖父母とか、それよりさらに前の方々が元気に生存しがちですものね。その人たちに指揮を任せられれば、にわか仕込みの兵隊でもなんとかなると……わかりましたよアルマス様! 丁重におもてなしさせていただきます!」
「助かる。……お待たせして申し訳ありません。ここからはそこのセルヴァが皆様をお連れします。後ほど父も参りますので、しばらくお待ちいただけますと幸いです」
そうしてセルヴァはエルフ系種の一団を引き連れて客間に向かい、アルマスは父を呼びに執務室へ歩いて行った。生者に対して「先祖」という言葉を使わざるを得なかった衝撃からまだ立ち直れないアジェーナを残して。
少しでも面白いと思っていただけたり、本作を応援したいと思っていただけましたら、評価(★★★★★)とブックマークをよろしくお願いします。特に感想とか頂けますと、作者が小躍りして喜びます。




