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暗雲

ご無沙汰しております。少しずつ更新再開できたらなと思います。

「……面倒なことになった」


 夏も終わり、すっかり寒くなったある日、父アールニに呼び出されて執務室を訪れた嫡男アルマスは、開口一番そんなことを言われた。


「アジェーナの事でしょうか」

「察しがいいな。先日、あ奴は葦原皇国のスパイだから引き渡せと、チュン帝国全権を称する将軍から連邦政府へ外交文書を渡されたらしい。ほとんど脅迫状だな」


 そう言ってアールニは気だるげにリントゥアルエ辺境伯領選出議員からの手紙をもてあそぶ。連邦議会には各領邦の代表者が議員として詰めており、中央政府の情報は議員を通じて領邦に伝達されることが多かった。

 ちなみに、連邦議員の選出方法は各領邦に一任されており、きちんと選挙を行う領邦もあれば、適当な寄子を領主が指名してしまう領邦もあったりする。


「……」

「で、だ。お前はどうしたい?」


 手紙から息子に視線を移し、父が問うた。浅黒い肌と服の上からでもわかるたくましい体つきは、人造種の血が混ざるエルフ系種であることを物語っている。見た目こそ成人したばかりの若造であるが、実際にはその倍は生きた働き盛りの地方領主であった。


「要求に応じてはいけません。断固としてわが国で保護し、最悪の場合でもアールヴヘイムへ逃がす算段を立てなければいけないかと」

「なぜそう言い切れる? 確かに我が邦の郷土防衛隊は一騎当千の強者ぞろいだが、奴らはそれをはるかに上回る物量をぶつけてくる国だぞ? それでもルオトラ全体で当たれば負けはしないだろうが、お前の食客一人のために命を張らせるのはもったいない連中だ」


 アルマスが意見すると、アールニは責めるように反論する。単純にものを捉えれば、客人1人のために領邦1つを存亡の危機に陥れているともいえる。


「アジェーナ1人のためではないからです、父上。そもそも、葦原とチュンの関係は、これまで朝貢していた葦原が、貢物を出さなくなったことで悪化の一途をたどっていることはご存じですよね?」

「ああ。その代わり、エルフ系国家であるノレギとの関係を深めていることもな」

「つまり葦原皇国は、中立からエルフ国家側へ鞍替えしようとしているのです。ここでアジェーナを見捨ててしまえば、葦原皇国の不興を買い、同盟国を増やせる貴重な機会を棒に振ってしまうでしょう」


 もとより、エルフ系国家は敵が多い。エルフ系種が優れた各種能力を持ち、嫉妬を買いやすいのもそうだし、特に純血種にはヒトを見下す素行の悪い人間も少なくない。

 そんな状況下で、もしエルフ側に立ってくれる国が増えるというなら、それは大変にありがたいことであり、イデオロギーが固まりつつある今の時代では貴重な機会であった。


「……」

「葦原は、今はまだ辺境の遅れた国ですが、アジェーナのような転生者から異世界の技術を引き出し、急速に発展していくことでしょう。そしてこの点を、アールヴヘイムも高く評価しています」


 ここまでアルマスが話したとき、アールニの表情が変わる。


「ほう? それは初耳だな」

「母上経由の情報ですが、ノレギと葦原の接近には、アールヴヘイム政府の思惑も絡んでいるとのこと。我々の持つ技術を柔軟に吸収し、異世界の発想を加えて新しい技術を生み出せることが、それこそ昨今膨張を続けるチュン帝国の暴力に対抗するカギになると」

「イル……やはり息子には甘いな、お前は」


 アルマスが母親からの助言をもとに懸命に訴えると、アールニは観念したようにため息をついた。

「まあ合格だ。お前が言った通り、アジェーナ殿をチュンなんぞに引き渡したら、葦原との関係悪化はおろか、エルフ系国家の中でも孤立すること請け合いだろう。リントゥアルエ領としては要求を断固拒否し、戦争も辞さないものとする」

「ありがとうございます!」


 自分の意見を聞いてくれた父に対して、息子は頭を下げた。


「しかし、お前もちゃんと成長してるんだな。母の助言があったとはいえ、きちんと国際情勢に目を向けて判断できるようになっているとは」

「彼女を助けた時から、こうしてもめごとになることはわかっていました。だからどうにか我が邦で助けられるように、前々からロジックを考えていたんです」


 そう言ってアルマスはまっすぐにアールニを見据える。


「……まあ、あとは大人の仕事だ。任せておけ」


 内心、息子の方が統治者には向いているのかもしれないと思いつつ、アールニはアルマスの願いを受け取った。




 その後、アジェーナはアルマスの口から、チュン帝国と戦争になる可能性があることを伝えられる。


「そんな……」

「致し方ないさ。この状況でアジェーナだけ葦原に帰そうとしたら、むしろその身を危険にさらしかねない。あの国の工作力は、この前体験してもらった通りだからな」


 彼の言う通り、アジェーナだけを葦原に返そうとしても、その道中で誘拐される危険があった。たとえ他国の領土内でも秘密工作を行う度胸と国力があるのが、チュン帝国という国なのである。


「それでも、私がここからいなくなれば、少なくともアルマスさんたちには迷惑が掛からないんじゃ……」

「いや、君を引き渡さなかったという事実は変わらない。どうせ懲罰目的で戦争を仕掛けてくる。あそこはそういう国だ。それなら、アジェーナをここにとどめておく方が、喪うものは少なくて済む」


 なおもアジェーナは自分がいなくなればどうにかなるのではないかと考えるも、アルマスはどちらにせよ戦争になるのは避けられないとの見解を示した。


「勝てるんですか? そんな国に」

「勝てるさ。辺境伯の名は伊達じゃないからな」


 心配そうなアジェーナに対して、アルマスは力強く答える。


「わかりました……私も、皆さんのために、覚悟を決めます」


 アジェーナの言葉に、アルマスは満足そうにうなずいた。

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