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離脱

 アルマスが激昂する。


「待てッ!! 貴様ァァァァァ!!」


 下手人が、逃げる。

 頭では分かっているが、アルマスの意識は逃げる馬の蹄鉄の音だけに向けられるわけにはいかなかった。

 今や馬の足音はアルマスとマルヤーナのいる路地の四方八方から鳴り響き、瞬く間に二人の周囲を取り囲んでいく。


「こんなときに、うっとおしいことを……!」

「噂には聞いていたが、ここまでとはな……突破するぞ!!」

「ええ、馬を奪って飛べば、まだ間に合います!」

 

 直後、アルマスとマルヤーナは共に銃と剣を構え引き金を引く。

 発射された弾頭が増援に現れた下手人の頭部を的確に粉砕する中、二人は確かに笑っていた。


(ふがいない……奴らが盾になることは少し想像すれば分かっていたのに、何故直接剣を振ってから真空斬りを使わなかった?)

(散弾ではアジェーナ様に当たりそうだったとはいえ、真空斬りを庇っていたのを見たのに突撃を選んだ……情けないですわね)


――バパァン!! パァン!! パパァン!!


 かくして銃声は三度鳴り、周囲を包囲していたはずの馬賊は瞬く間に蹴散らされる。

 二人はそれぞれ無言で騎乗者を失い散り散りになりかけた馬達を捕まえ、即座に鞍に跨り、脚で合図を送る。

 馬達はその合図を受け、東雲の空を夜の静寂に風のように走り抜けていった。


◇◆◇


 アジェーナが意識を取り戻したのは酷く揺れる荒馬の背中であった。


『クソッ、こんな化物一匹攫うために、セルゲイも、アシモフも、バーウェルも犠牲になるとは……工作員の教育が如何に大変な行為か本国は理解していない!!』


 朦朧とした頭が徐々に回り始める。

 自分を縛り上げ、馬に乗せている男たちはどうやら自分を狙っていたらしい。


 そして、彼の動揺を見るに、アルマスさんとマルヤーナさんは、私の声に気づいてくれた。

 けれど、他にいた人たちが邪魔をして、私は今攫われたまま。


 そんなことを考えているうちに、馬は木立の中を速度を出して進んでいる。

 たまに背中や足に木の枝が当たることからもよくわかる。


『雇った同胞も、時間稼ぎにしかならんだろう。だが、国境を抜けられれば任務は達成だ』


「……」


 二人が追いつけなかったらどうなるか。

 チュン帝国の『非合法活動』の結果は、正直想像に難くない。


『クソッ、だが、あまりにも――割に合わん。中央はいったいなんでこんな奴に執着しているんだ』


 彼らは私の技術、人材という資源そのものを狙っている。

 転生前の現代の倫理観すらない連中につかまった哀れな犠牲者の末路といえば――


 尋問、拷問、人体実験、解剖……ダメダメ、考えてはいけない。


『このさらし首になるであろう化……け…………物………………に……………………』


 男の解読不明の罵声が耳に突き刺さる中、アジェーナは一旦、思考を集中した。

 

『多……………………少……………………で……………………も……………………』


 直後、世界から入ってくるすべての情報が一気に鈍化していく。

 脳の糖分を多量に使う代わりに過集中を無理やり発生させ、走馬灯のように思考を加速していく。


 胸部神経節をも思考に動員する、先輩直伝の高速並行演算。

 実時間で思考時間は約4倍に伸びるが、持続時間は安静にして約3分。


 この状況なら精々1分も持てばいい。

 その間に解決法が思い浮かばなければ、哀れアジェーナは哀れにも死んでしまうことでしょう。


(嫌だなぁ~~~~、拷問とか耐えられないし、人体実験とか、薄い本みたいな目にも逢いたくない)


『礼……………………を……………………し……………………て……………………』


 何よりまだ、私はリントゥアルエの人々にアルマスさんや、マルヤーナさん、ルルちゃんたちに、まだちゃんと恩返しできていないのだ。


 つまり、私は出来るだけ五体満足でこの状況を切り抜ける必要がある。

 そのために、一発芸でこの状況をどうにかするだけじゃいけない。

 手足が縛られた状態じゃ受け身は取れないし、壁抜けして地上に戻れる保証はない。


 何より、この男と戦って五体が無事で済む保証はない。


 必ず、二人が追いつける状況で逃げないと、無事に逃げることはできない。

 でも時間が経てば経つほど、この窮地を脱せる可能性はゼロに近づくし、せっかくの胸部神経節を思考に動員している関係で、使用できるグリッチは著しく制限される。


 

 例えるなら、使えば使うだけMPが目減りしていく感じ。

 だから使える大技は精々二個が限度。馬の脚を止めて、もう一個で男の人の脚を止めるか、二人の元に向かうかできればOK。


『や……………………ら………………ね…………ば……な』


 (じゃあ何を使う? 問題はそこ―――ってちょっと、まってまって……もう、考えが纏まらなくなってきた……)


 混乱するアジェーナの耳元に届く男の声が徐々に現実的な速度へと戻っていく中、アジェーナは決断に迫られていた。


 一か八か、馬の動きを止めるか。

 あるいは、男に一撃を当てるか。


(何をするのが正解? せめて、二人がどのあたりにいるか分かれば……)


 その時、困惑するアジェーナが答えのない問いに歯噛みしたとき……


――パァン!!


 上空、村の方向、馬で五分もかからない位置から信号弾が打ち上げられた。

 それは、単なる信号弾ではなく、幾度も爆発が繰り返される燃焼フェチが丹精込めて用意した一発であった。


『何だ!?』


(二人が、そこにいる。助けに来てくれている――なら、覚悟だけでも見せなくちゃ!!)


 アジェーナはその時、自分がするべきことを完全に理解した。

 今、自分は馬に揺られている。その、自身の肉体の揺れを拡大し、自らの拘束ごと信号弾の光へと向けて飛びあがっていた。


『クソ……”胎児”め、いくら何でも回復が早すぎる!!』


 東雲の空の中にアジェーナは一人落下していた。


 驚くほど、恐怖はない。

 今、自分が出来ることは確証はないが、二人が必ず助けてくれると確信して行動することだった。


 「気づいて!! 私は、此処にいるよ――!!」 

 

 疲弊した感覚の中で、アジェーナは精一杯声を上げる。

 勿論、この声が届くとは思っていない。


 けれど、信号弾が見えた方向に向けてアジェーナは、グリッチを用いて思いっ切り光る。

 二人の居場所が分かっているなら、此方も応えればいい。


「アジェーナ!!」

「アジェーナ様……今助けます!!」

 

 直後、二人が跨る馬が方向転換し、アジェーナの元へと飛びあがってくるのが見えた。

 あとは、どちらかに受け止めてもらえばいい――アジェーナは安堵感とともに、朦朧とした意識のまま二人に手を伸ばす。


『クソ”胎児”が!! 無駄な抵抗を……この状況で、逃げれると思うな!!』

 

 しかし、アジェーナの背後、確かにもう一人、誰かがグリッチを用いて馬を飛翔させていた。

 自分を攫った男が、馬上で剣を抜き、加速度を増してこちらへ向けて突っ込んでくる。


 でも、アジェーナには諦めるという選択肢はなかった。

 最後の力を振り絞り、手を伸ばす。


「悪いが――貴様に、当家の食客を害する権利はない!!」

「あなたのお仲間は、皆、しかるべき場所にお送りいたしました……お覚悟なさいませ!!」

 

 刹那、アジェーナの手が引かれ、伸ばした手ごと身体を抱き寄せられた。

 コンマ1秒後、アジェーナを庇うようにアルマスが振り上げた剣と、下手人の剣がかち合った。


「くっ……」

 

 ガキィン――と響くような轟音。直後、空を震わせるほどの衝撃波が走った。

 刹那、抱えられたアジェーナが吹き飛びかける中、交錯した二人は、使い手として互角であると直感で理解した。


 一合、かち合った衝撃が遊離したプラズマのように周囲に撒き散らされ、アルマスの頬を掠っていく。


『アルマス・リントゥアルエン!! ああくそ、畜生! 化け物め!! 覚えていろ!! 必ずお前たち全員皆殺しにて、同胞への手向けとさせてもらう!!』


 このまま両者が戦えば、無事では済まないだろう。

 だが、下手人は即座に空中で身を翻し半ば自由落下じみて森の闇へと消えていった。

 

「アジェーナさん。無事で……よかった」

「いや、本当に……ご迷惑をおかけしました……」


 アルマスが安堵の吐息を漏らす。

 一方で、抱きかかえられたまま、アジェーナは自分が助かったことを理解して気を失った。


「アジェーナ様、意外と豪胆なお方なんですね。ちょっと見直しました」

「今日は、彼女の胆力に救われた……だが、チュン帝国のしつこさと悪辣さは筋金入りと聞く。これで終わりではないだろう」


 アルマスとマルヤーナが飛翔した馬を空中で反転させ帰路へ続く街道と歩を向ける中、水鳥が一斉に飛び立っていくのが見えた。


 夜明けはもう近い。

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