侏離
侏離:「異民族の言語」の蔑称
「アジェーナ様!!」
銃剣とブルパップ式の散弾銃を腰に下げ軍装を身にまとったマルヤーナがドアノブをラッチごと吹き飛ばす。小細工はいらない。アルマス様謹製の愛銃には、火薬と鉛玉だけでマスターキーとして十分な威力がある。
「いない……」
机の上にはコップ。乱れたシーツ。
既に部屋はもぬけの殻であった。
「すまん、マルヤーナ……失態だ」
直後、マルヤーナの背後から軍装を纏い、回転式拳銃と、豪華な拵えの軍刀を腰に下げたアルマスが現れる。
彼の手が、べっとりと朱に染まっているのを見たマルヤーナは躊躇なく部屋の窓を開け放つ。
二人の目の前で、カヤーニの街並みが燃えていた。
街中で幾つも上がった火の手が、まるで予定調和のように都市を蹂躙している。
「カヤーニが……奴らめ、許せませんわ」
「マルヤーナ、悪いが俺たちの目的はアジェーナだ。都市の混乱はセルヴァと警備の兵に任せる」
しかし、アルマスとマルヤーナにこの惨劇を止める余裕はない。
二人は目を凝らし都市の暗闇を逃げる下手人の往く手を追う。
「ええ申し訳ありません。アルマス様。声が上がった時点で、扉を突き破っていけば……」
「俺の方こそ油断していた。何かありそうな予感はしていたが、まさか都市に内通者がいるとはな」
視界の奥、一団となった馬賊たちがアジェーナを抱えて逃げていく。
館から見える路地を進む黒衣の下手人の影は四つ、距離は50mも離れていない。
「なんということでしょう。謝っても謝り切れません――ですが、館内には交替で見張りをしておりましたのに……まさか壁抜けまでされて気づかないなんて」
「グリッチを併用して全く音を立てずに動くことは常識の範囲内だが、それと壁抜けグリッチを併用してくるとはな……チュン帝国の奴ら、工作員でも上澄みの連中を連れてきたとみえる」
それほどの使い手でも、さすがに騎乗しながら静音グリッチを使用することは極めて困難だ。それ故に、逃走用の騎獣には距離がある。
まだ間に合う。ならば、選択肢は一つ。
「マルヤーナ、覚悟は良いな。追いつくぞ」
「まったく、準備が大変ですのに……」
アルマスとマルヤーナは、腰から剣を抜いて弓のように構え窓のヘリに片足脚をかけ、ベクトル強化グリッチで踏み込む。
直後、脚関節から嫌な音が鳴り両者は放物線を描くような軌道で一定速度を保ったまま、力が掛かった方向に肉体がズレて飛んでいく。
『速ッ……ただの跳躍じゃねですぜェ』
『速度重視で複数のグリッチを掛け合わせて飛んでるのか!!』
『どうする? あんなのを使う奴が何人も追ってきたら……』
『あわてるな、アレはリントゥアルエン相伝の飛翔密技だ。使用者も多くない。すでに目標はこちらの手にある。このまま、馬のある場所まで逃げるぞ!!』
アルマスとマルヤーナは、脚にかかる負担に顔をゆがめながらも剣を構えて飛翔する。
夜明け前の闇に溶け込む男達の背中を急激なドリフトを織り交ぜながら追うこと十秒、必死に路地を駆ける男たちの背中を二人の視界にとらえた。
先頭を往く大男の背には、ズタ袋をかぶせられたアジェーナが背負われている。
体格や恰好を見るに――奴こそが、馬賊たちの首領であることは間違いなかった。
「アジェーナ様を失うようなことは、絶対に避けなくては!!」
「いくぞ、マルヤーナ。手段は選ぶな!!」
空中で姿勢を正しながらアルマスは銃を構えた。
最早、手段を選ぶ余裕はない。
(下手人はここで殺す!! 都市から外に出してしまえば、追跡は困難になる!!)
覚悟を決めたアルマスの視界に映るアジェーナは意識を失っているようであった。
抵抗もなくぐったりしているということは、気絶しているのだろう。
その方がずっといい。
彼女はリントゥアルエ領、ひいてはルオトラ連邦を救いうる食客だ。しかし、その思考は驚くほど脆い“平和”という思想に立脚している。
昼間、彼女は自らがチュン帝国から狙われていることを完全に忘却していた。
自らの目で銃で撃たれて死ぬ人間を見てなお、現実への理解が追いついていない彼女の心が、目の前で起きる刃傷沙汰に耐えられるわけがない。
「だからこそ、貴様たちは人知れず夜の露と消えねばならん!!」
一足飛びに切り込んだアルマスが、空中で剣を翻し銃を構えたままファニングショットを放つ。直後、轟音とともに各々の弾丸が、別々の放物線を描きながら馬賊へと殺到していく。
『セルゲイ、アシモフ!!』
アルマスが放った弾丸は一発一発が長剣の斬撃に匹敵する威力を持ち、グリッチによって操作され、命中すればバイタルを蹂躙して死に至らしめる必殺の一撃であった。
しかし、馬賊達は一目もくれず、ただ棟梁らしき男が低い唸るような声を上げて名を叫ぶ。
『舐めんなよォ――』
『弾丸如きに!!』
セルゲイとアシモフと呼ばれた殿の二人が男たちが黒衣から斧を取り出し振り回す。
直後、一振りと共に巻き上げられたグリッチによる豪風が、アルマスの放った幾多の銃弾を、路地の敷石と、左右に並び立つ家々の洗濯物、小窓の扉とベランダにおかれた鉢植えを巻き込んで吹き飛ばす。
「くっ……」
アルマスは襲い来る障害物と暴風を払いのけながら、速度を殺さないようにさらに連中との距離を詰める。
連中が使ったのはベクトル強化グリッチ。
ある程度の戦慣れした使い手であれば、使われる可能性もある大技である。
ましてや相手は、静音グリッチに“壁抜け”まで使う猛者中の猛者だ。
そう簡単に、アジェーナを取り返させてはくれないだろう。
「外郎共……貴様たちに出来ることが、俺に出来ないと思うか!!」
そうだ、我ながら甘かった。
アルマスは自らの失敗を苦汁の表情で受け入れつつ、迫る男たちに有効打を入れるべく空中で構えを解き、グリッチが切れて減速が始まった直後、軍刀を腰に収め居合のような薙ぎの一閃を放つ。
直後、黒衣の男たちの手前で垂直に落下して着地したアルマスに反して、剣から飛び出した衝撃が狭い路地に巻き起こる豪風を物ともせずに貫き、空中を音速で進んでいく。
それはアルマスが抱えていた運動エネルギーすべてを威力に変換したベクトル強化グリッチによる真空の刃、アルマスにとっては、稽古でも10回に7回は失敗する難儀であったが、火事場の馬鹿力は彼に本番でこれを行使せしめた。
狙いはアジェーナを抱える漢の腰、直撃すれば人体は容易に切断できる。
『セルゲイ、アシモフ!! 覚悟を見せろ!!』
『分かったよ、旦那ァ』
『安心しろお頭!!』
しかし衝撃は、金属を引き裂く甲高い音を立てて――
中央の男性を庇った二人の男の腰部を一撃で両断した。
「庇ったのか!?」
男たちの上半身が宙を舞い、吹き飛ばされて轟音と共に地面に叩きつけられる。
だが、アジェーナを抱える中央の男は依然無事だ。
「自分から盾になるなんて……薄汚い下郎にしておくにはもったいない殿方ですこと!!」
「畜生! マルヤーナ!!」
脚が止まったアルマスは再び駆けだしながらマルヤーナの名前を呼ぶ。
ワンテンポ遅れて飛び出したマルヤーナはまだグリッチの効果が残っている。
『女の方が、来るぞお頭……』
『頼む、バーウェル』
「邪魔ですわよ!! 人さらいさん!!」
――ドオオオォン!!
直後、マルヤーナの突撃が黒衣の男たちに突き刺さり銅鑼が鳴るような轟音と共に爆風が上がる。
マルヤーナの一撃が、バーウェルだったものを吹き飛ばし、路地の一角がクレーターのようにえぐられる中、巻き上がる煙が路地を掛けるアルマスとマルヤーナの視界を塞いだ。
『すまねえ――セルゲイ、アシモフ、バーウェル!! 恩に着るぞ!』
――ヒヒィ~~~~~~ン!!
アルマスの眼前で目くらましの煙が広がっていく。
未だ東雲は遠い空の中、その直後、馬が嘶き、鞍を叩く音がした。
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