落ちてきた渡り鳥
アルマスたちが魔法の行使を止めると、その場でトナカイごとスンッ……と停止する。ゆがめられていた物理法則が無理やり元の状態に戻るためだ。
「こいつが墜ちてきたのか……」
一般的に、飛行器はハンググライダーのような「人間が掴まって乗る凧」と言える構造をしており、今回のようにほぼ飛行機のような形状をしている物は珍しい。
「アルマス様、あそこ!」
しかし、マルヤーナが指さしたように、どこがコクピットだったのかはすぐに分かった。ヒト1人が入れそうな大きな試験管のようなものが、機首から脱落して地面に転がっていたからである。
ひび割れたガラス越しでよく見えないが、アルマスたちからは中では全裸の少女が気を失っているように見えた。ガラスのクラックから液体が湯気を立てて流れている──外気温が低いため、体温以下のぬるい水でも湯気が見える──のを見ると、この水のおかげで墜落の衝撃が殺されたのかもしれない。
「中に人がいますね! ミンチにはなってないようですし、助けましょう!」
言うが早いか、マルヤーナは銃剣を抜くとそれを手に持ち、コクピットのガラスめがけて柄で打撃した。打撃箇所が蜘蛛の巣状に割れてへこみ、そこから漏れる水量も増したものの、ガラスは飛び散らず、穴も開かなかった。
「なんですかこれ!?」
「合わせガラスだ! 2枚のガラスの間にセルロイドのフィルムを入れてるから、割れても砕けないってやつ!」
驚愕するマルヤーナに対して、「試験管」の「蓋」のほうに回ったアルマスが解説する。この世界の合わせガラスはつい最近ちょうど発明されたばかりの最新技術で、アルマスもたまたま工業新聞で記事を見かけたから知っていたのだった。
「じゃあ、刃の方で刺してギコギコすれば……」
「そんなことしなくても、この留め金を、はずせばっ! ……おら、開いたぞ!」
マルヤーナが衝動的にガラスを割りに行った間に、アルマスは冷静にコクピットの構造を分析し、すぐに外から開けられる留め金がついていることに気づいた。
蓋を開くと、その裏には胎盤のような肉幕が付着していて、そこから臍帯のような肉のひもが中の少女の腹部に伸びている。
「うえ、なんですかこれ。胎盤……?」
「まだわからん。とりあえず、彼女を引っ張り出すの手伝ってくれ」
考察はあとにして、二人は試験管の中の少女を外に引っ張り出した。液体に濡れていて体温が奪われるため、マルヤーナは素早く自分の上着を脱いで少女の体をくるむ。
「……脈はある......! でも、息をしていない?」
マルヤーナが自分の手袋を取り、片方の手で少女の首筋で脈をとりながら、もう片方の手で息をしているか確かめると、息はしてないのに普通に脈があることが分かった。
「水を飲んでるんでしょうか!? 一刻も早く吐かせないと!」
「その割には血色がよすぎる。このコクピットが最初は水で満たされていたであろうことも考えると、もともと空気を吸わなくても呼吸ができるようにしてあるんじゃないか……?」
「あ、そうか、あれです! あの肉の幕はやっぱり胎盤で、それがへその緒を介してこの娘とつながっているんです!」
マルヤーナの言葉を聞いたアルマスは、「蓋」をペタペタと触り始める。すると、吸気と排気を行っている開口部があることがすぐに分かった。へその緒も、触ってみると脈動していて、血液の循環がちゃんとあることがわかる。
「当たってそうだな。つまり、この娘にとってはこいつが肺の代わりになっているから、この蓋も外さないと彼女は救助できない、というわけか」
どうやらその辺の人間とは体の構造が違うらしい少女の考察に一区切りがつくと、アルマスたちは殺気を感じて己の得物を抜き、振り向く。少女の救助に夢中になっている間に、10人以上の男たちに忍び寄られ、取り囲まれていた。
「馬賊ども、ここはルオトラ連邦王国リントゥアルエ辺境伯領だ。不法入国は犯罪である。直ちに祖国まで退去せよ」
マルヤーナがさっきまでの丁寧な言葉遣いを捨てて男たちに警告する。羊毛の編み物ではなく、毛皮を使った防寒着に、弾倉がグリップと別体になっている自動式拳銃。典型的なチュン帝国辺境民の馬賊だ。
『そいつら我々の獲物だ。すぐに明け渡せ』
『というか、あいつら結構身なりがいいな。捕まえたら結構な金になりそうだ』
『あのオーク女はいい子供を産みそうだから、生け捕りにしようぜ』
馬賊たちは自分たちの言葉で好き放題応答する。アルマスたちはその正確な意味を理解しているわけではないが、自分たちの警告が拒絶されたことはわかった。
「警告はしたぞ……」
刹那、銃声が立て続けに3回響き、馬賊3人が頭から血を噴き出して倒れた。アルマスのリボルバーから硝煙が立ち上り、場が静まり返る。
「失せろ。さもなくば……かかってこい、相手になってやる!」
少し間をおいて、アルマスは唸るようにそう言い放った。
本日はこの後18時過ぎにも更新予定です。