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成功の裏で

先々週は旧作の更新、先週は疲労困憊で更新ができずすみませんでした。今後も更新が不安定になるかもしれませんが、ゆるゆるとお付き合いいただければと思います。

 チュン帝国北方辺境域「北狄」。その中のある村のはずれで、胡散臭い男たちが小屋の中に集まっている。


「つまり『胎児』は案の定辺境伯家に匿われているのだな」

「へえ。ムストラへカチコミに行った連中を迎撃しに出てきやした。へその緒は服で隠してやしたが、このあたりに葦原人なんて他にいないんで間違いありませんぜ」


 手下らしき男が嬉しそうに答えた。


「そうか……これが事実なら、狩られていった同族たちも報われるだろう」

「おうとも! あとは正確な居場所が特定できりゃあ、これまでやられた分だけたっぷりお返ししてやれるってわけだ!」


 別の手下も意気軒昂に言う。「胎児」の捜索では、辺境伯家に多数の同族が狩られているから、彼らはフラストレーションがたまっていたのだった。


「ああ。そうと決まれば、正確な居場所を特定して、それから行動パターンを割り出すぞ。あとは襲撃計画を練って、いけそうなタイミングで決行だ」

「おう!」


 頭領の指示に子分たちは元気よく答える。


「俺たちはそんじょそこらの馬賊とは違え。衝動任せの行き当たりばったりなカチコミは慎み、陰湿かつスマートに頂戴するようにしろ」

「まかせてくだせぇ!」


 そうして彼らは任務を遂行するため、方々に散っていった。全ては、自分たちの地位向上のために。




 ところ変わってロヴァリンナ郊外の村、コスケンキュラ。無事に農業用温室が建築されて中では農作物の栽培がおこなわれている。ボイラーも稼働しているが、今は夏場でハウスへの熱供給が不要なため、もっぱら発電用として使われていた。


「これが硝酸とアンモニアのプラント」

「……の、ミニチュアですね」


 ボイラーから蒸気を供給してタービンを回し、発電機を駆動して生み出した電力は、一部をこのプラントに供給してグリッチ回路や各種補器類を稼働させるのに用いている。残りの大部分はコスケンキュラとロヴァリンナに供給しており、特に今までほとんど電化されていなかったコスケンキュラの住人には好評だった。


「ミニチュアと言っても、硝酸アンモニウムの生産力は、とてもコスケンキュラの農場では使いきれん量じゃないか」

「逆に硝酸は砲兵工廠から毎日のように督促が来ているそうです。早急に規模を拡大したいですね」


 プラントが小規模でほとんど実験用であることにアジェーナが言及すると、アルマスとマルヤーナから生産力が需要に見合っていないことを指摘される。


「だから今は硝安の生産を止めて、硝酸はすべて砲兵工廠に回してるじゃないですか。あとは予算さえあればいいんですが……」

「もう今年度分はすっからかんだからな」


 狼狽した様子でアジェーナが予算を請うも、アルマスは淡々と枠を使い切ったと改めて宣告した。


「調子に乗って、プラントを全自動化しなければよかったのかなあ」

「硝酸は劇薬なんだろう? 安全に対する投資を怠って、ただでさえ人的資源に乏しい我が領で事故でも起こしてみろ。首が飛ぶだけで済むなら御の字だ」


 グリッチが電気回路によって起こせることにより、この世界の電子部品は他の技術分野と比較して発展している傾向がある。既にリレースイッチやソレノイドなどを使ったメカトロニクスが先進国では実用化されつつあるため、これらを駆使してアジェーナはプラントの工程が全自動で進むように設計したのだ。

 その結果、人間に直接劇薬を扱わせる工程が排除されたものの、部品代がかさんで予算を使い切ってしまったのである。


「ところで、どうして砲兵工廠はそんなにうちの硝酸を欲しがってるの?」


 プラント完成と同時に過労で倒れ、今も目の下に色濃くくまが残っているセルヴァが疑問を呈した。


「そりゃあ、安いからだよ」

「わが連邦の砲兵工廠は、予算不足で火薬の生産量がノルマに達しないことが常態化しておりました。設備の能力ではなく、予算不足で原料が買えないことが原因だったのです」

「まあ、予算不足の一因が、火薬生産設備への過剰投資によるものなんだがな」

「近衛連隊でさえ、火薬不足が原因で、思うような演習が行えないことがございました。いわんや各領邦の郷土防衛隊をや、というところでして、砲兵工廠はさぞかし肩身の狭い思いをしてきたことでしょうね」


 セルヴァの質問にアルマスとマルヤーナが息の合った回答を出す。


「そんなところに、うちから格安の硝酸が供給されるようになった。火薬生産に使う硝酸のうち、うちから供給する硝酸の割合を増やせば、同じ予算でより多くの硝酸か購入できて、火薬の生産量も増やせる。だから砲兵工廠は、やっきになってうちに硝酸の増産を求めているってことさ」

「へぇー」

「ルルちゃん、確かに一般人は知らなくてもいいことだと思うけど、ルルちゃんみたいな貴族令嬢なら、さすがに知ってた方がいいことだと思うよ」


 初めて知ったような表情のセルヴァに、アジェーナは少々呆れながら突っ込みを入れた。


「ねえアルマスさん」

「なんだ」

「砲兵工廠の要請、今年中に応えてあげなきゃだめですか?」


 アジェーナは困ったような表情を浮かべて問う。


「まあ、向こうもこちらの事情は重々承知しているから、別にこのまま放置してもいいといえばいいが……」

「弾薬の大量購入と引き換えに、かなりの値引きを要求したことも一度や二度ではございませんので……」

「いろいろと借りがあるから、このままのらりくらりとかわし続けるのも心が痛む、ということですね……」


 嫡男とその妻の申し訳なさそうな表情を見て、アジェーナはどうにかして金策する方法を考え始めるのだった。

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