小国の悲哀
雪が解け、緑が茂りつつある森の中で銃声が響く。撃たれた男が落馬し、馬はいずこへと走り去っていった。
「これで最後か」
「おそらくは」
構えていた銃を下ろしながらアルマスが言うと、マルヤーナが答えた。
(これが、辺境の日常……)
一部始終を眺めていたアジェーナは、すべてが終わった今も、呆然と二人がいる方を眺めている。
最初はただの視察のつもりだった。
辺境伯邸の中やそこでの生活については、この3か月でしっかりと見分し、城下町の住人──意外と「平民のエルフ系種」が暮らしていることに驚いたことを覚えている──の暮らしぶりについても把握しつつある。そんなある日のこと。
「地方の視察に行くが、ついてくるか?」
最近部屋にこもりきりだったアルマスから、アジェーナはそのような誘いを受けた。
「行きたいですけど、二酸化窒素合成法術の方は?」
「とりあえず、非生体回路での再現性はとれた。まだ効率は生体回路にかなわないが、もう少し頑張れば実用化まで持っていけるだろう。ずっと閉じこもってると頭も回らなくなってくるし、父も母もいい顔をしないからな……」
前世でも「家でゲームばかりしてないで、たまには外に遊びに行きなさい」とよく言われていた。おそらく似たような事情なのだろうと察したアジェーナは、領邦首都ロヴァリンナからトナカイを普通に歩かせて1昼夜のところにある村への視察に同行することにする。
「ここが地方の村……」
「ああ、俺たちが救う……と言うとさすがに大げさだが、その暮らし向きを豊かにしていかなければならない人々の住処だ」
トナカイごとグリッチで吹っ飛ばされた先にあったのは、いかにも「雪国の寒村」といった雰囲気の集落だった。
そこそこの広さの畑の中にぽつぽつとみすぼらしい木造の家が建ち、農作業をする人影が見える。ロヴァリンナでの暮らしは葦原の大都市よりも便利だが、この村での暮らしはそれよりかなり不便そうだ。
「とりあえず、村長さんに挨拶をしに行きましょう」
そんな感じで、村長の男爵さんに挨拶して、農作業を見学したり手伝ったりしながら困りごとを聞いて、遅くなったから村長さんの家に泊まっていたら。
「敵襲ー!」
太陽が昇るかどうかという時間帯。見張りの兵士の叫び声と打ち鳴らされる鐘の音で、アジェーナは跳ね起きた。
「て、敵襲!?」
「馬賊だよ。そろそろ来ると思ってたんだ」
そう言いながらアルマスは軍刀と拳銃を腰に差し、ヘルメットをかぶって出撃する準備を終えたところだった。マルヤーナの姿が見えないのは、もうすでに家を出ていったからなのだろう。
「見に来たければ来ると良い。見たくなければここに隠れてろ」
そう言ってアルマスも村長宅を出ていった。
(そうまで言われて、黙って隠れられるわけないじゃん!)
彼の後を追うため、アジェーナも急いで身支度を整える。これも地方の現実というのなら、食客たる自分が目を背けるわけにはいかないものだった。
そうして、戦場の熱狂が過ぎ去り、朝日が森を照らす中で、アジェーナ達3人は元居た村へと歩いている。
「……こういうことって、割と頻繁に起こるんですか?」
「村単位で見れば、年に1回起こるかどうか、というところですね。でもこの時期に来るのは珍しいです」
恐る恐るアジェーナが質問すると、討ち取った馬賊を引きずりながらマルヤーナが答えた。
「普通は食料に乏しい冬の時期に、国境の町から少しだけ奥に入ったところにある村、つまりここみたいな集落が狙われるんだ。栄えている町はその分郷土防衛隊も強力だから、村の入り口に見張りを3交代で立てるのがせいぜいな寒村を狙うんだろうな」
「そんな……」
現代日本で熊が町中に降りてくるような頻度である。そんなに各地で賊の襲撃があるなら、郷土防衛隊の維持費がかさむのも当然のことだ。
「私の実家があるカヤーニは、ここよりもっと河底が深い東にありますし、河川港がある街ですから、さすがに馬賊が直接やってくることはありません。ですが、周辺を通行する運河船が年に何回か襲撃されますし、チュン帝国と戦争になったら真っ先に攻撃される位置にあります。ですので、私にとって闘争とは、割と身近な営みなのです」
「……そうなんですね……」
淡々と語るマルヤーナたちの言葉に、アジェーナは衝撃を受ける。
同時に、自分が撃墜された時に実感すべきだったとも思った。
前世の日本では、周囲は絶え間なくキナ臭かったものの、なんだかんだ言って日本本土が戦渦に巻き込まれることはなかった。
この邦は違う。いや、この世界は違う。
地上のありとあらゆるところで戦闘行動が行われる可能性が常にあるのだ。それをうまくいなしながら生きていかないと、きっとあっさり死んでしまうに違いない。
先輩からもそのような話は聞いていたとはいえ、これまではまるで他人事のように感じていた。マルヤーナから軍事教練に誘われた時、うっとおしく思ったのもその一環だろう。
今では、彼女の気持ちが、よくわかる気がした。
「わが連邦の、いわゆる武官系とされる家の連中は、マルヤーナみたいな世界観で生きているのが大多数だ。とくに辺境伯家と方伯家はその双璧みたいなところがあって、嫡男はもちろん、その嫁にも近衛連隊での勤務経験を要求するんだから、始末に負えんよ」
「アルマスさんも、近衛連隊に居たことがあるんですか?」
「ねえよ。本当は来年行く予定だったんだが、アジェーナが降ってきたからな。1年延ばしてもらった」
アルマスは憂鬱そうにため息をつく。奔放とは違うものの、拘束を嫌いそうな彼にとって、軍隊生活は忌避したいものなのだろうとアジェーナは思った。
「私は結構楽しかったんですけどね、近衛連隊……」
「領地を丸ごとおとりにして、占領しに来た敵軍をなんども半包囲しては河に追い落とすような家の人間じゃねえと厳しいと思うんだよな」
「それ私の実家の話じゃないですかーやだー」
どうやらアルマスとマルヤーナは軽口をたたきあっているらしい。しかしアジェーナには意味が分からない。
「あの、それはどういう……?」
「ああ、前に『カヤーニ子爵、つまりマルヤーナの父上は、前の戦争で武勲を立ててその褒美としてエルフの女性を妻に迎えた』って言っただろ?」
「その『武勲』の具体的な内容が『領地を丸ごとおとりにして~』という、アルマス様のおっしゃった話なのです」
「俗にいう『カヤーニトラップ』だな。一連の戦いで町は焦土と化したが、少ない兵力で敵軍の前進を食い止めたことで、他の戦場でのルオトラ連邦軍勝利に貢献したんだ」
アルマスの横でマルヤーナが嬉しそうに微笑んでいる。
「なんだか、どこもかしこも覚悟が決まってらっしゃるお話ばかりですね……」
「そりゃそうだ。我が連邦は鉱物資源はあっても工業力がなく、人口も乏しい。そんな国を守るためには、相応の覚悟が必要だろ」
「おっしゃる通りで……」
幼いころから国を背負うことを期待されて育てられたら、こんな風になってしまうのだろうか。根が平民である自分には、まだまだ至れそうにない境地だとアジェーナは思うのだった。
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