乾いた日常にスーッとしみ込んでこれは……
辺境は娯楽が少ない。
娯楽に価値を見出すにはある程度の知能が必要であり、自ら娯楽を創出するにはかなりの知能が必要である。つまり、人間の少ない土地では娯楽の需要も供給もなく、それゆえ現地の人間は娯楽に飢えているのだ。
(……という事情は理解するけどさあ……)
念入りに臍帯を保護し、外肺もガチガチに補強して、スリングで木銃を下げているアジェーナは、仕事を放り出して集まってきたメイドたち──そこの銀髪ツインテは単に心配して見に来ているようだが──に囲まれて、後方正妻面でか女と対峙している。
「楽しみましょうね」
マルヤーナはそう言って木銃を槍のように構えた。いつものように柔和な笑みをたたえているが、何一つ手加減してくれそうな様子は見られない。強い者は常に笑顔であるということを改めて実感する。
「用意……はじめっ」
流れで審判役にされたメイド長が合図を送ると、アジェーナは木銃を投げ槍の要領でマルヤーナに投げつけた。
「……?」
とりあえず木銃を叩き落すマルヤーナ。確かにグリッチの力で高速化されていたが、彼女が反応できないレベルではない。直後、彼女が殺気を感じてのけぞると、丸めた布の塊が目の前をかすめていった。
(さすがにこのくらいじゃ当たらないよね)
中に鉛玉を仕込み、鉄球鎖の代わりとした布玉がかわされたのを見て、アジェーナは瞬時に木銃の反発力をグリッチで操作する。すると、マルヤーナにたたかれた木銃は地面でバウンドし、その切っ先をマルヤーナに向けた状態で再度彼女の方へと跳ね返っていった。
布玉の方も紐を引っ張って外力を加え、その速度ベクトルをグリッチで捻じ曲げることにより、再度マルヤーナに向けて突進させる。
「なるほど、そういうことですか!」
マルヤーナはそう言ってわざとしりもちをつくと、長座のような姿勢のままグリッチで前方に向かって突進していく。懐に入ったほうが安全だと判断したのだろう。
これを見たアジェーナは布玉と木銃を引き戻し、わざと自分に向けて飛んでくるように仕向ける。
「はぁっ!」
しかしマルヤーナはそのまま突貫! アジェーナの獲物が飛んでくる前に彼女に向けて木銃を突き出す。直後、アジェーナの姿が溶けるように消えた。
「!? まさか!」
突きをかわされたマルヤーナはグリッチをやめて跳ね起き、木銃と布玉を払うと、真上から降ってきたアジェーナの飛び蹴りを木銃で受け止める。
(うわっと!)
即座にマルヤーナの木銃を踏み台にして上に跳び、獲物を引き戻しながら距離をとった。
「模擬戦で地面に抜けるとは、なかなかお覚悟が決まっていらっしゃいますね」
「そういうのがお望みだと思いましたので」
マルヤーナが突っ込んできたとき、アジェーナの姿が消えたのは、グリッチで地面に「抜けた」からである。この状態で彼女は「自分の体の構成原子の存在確率を操作する」量子力学グリッチでマルヤーナの真上に「転移」し、頭上から奇襲したのだ。
「まあ……無理はなさらないでくださいね」
「今の状況がもうだいぶ無理してるんだけど……それは聞き入れてくれないか」
「はい♪」
しばしの沈黙。冷涼な風が、辺境伯邸の庭を吹き抜けていく。メイドたちがかたずをのんで見守る中、先に仕掛けたのはマルヤーナだった。
「はっ!」
裂帛の気合とともに突貫してくるマルヤーナを見て、アジェーナはマルヤーナに布玉を投げつけつつ右側へ横っ飛びする。体をひねって布玉をかわしたマルヤーナは、木銃をスキーのストックめいて地面に引っ掛け、強引にターンしてアジェーナへと迫った。
(やばっ!)
力学グリッチで再度90度ターンしてやり過ごそうとするも、すでにマルヤーナは間近に迫っている。彼女は木銃の「銃口」を左手で持つと、横薙ぎに振るってアジェーナを「銃床」で打とうとした。
「!?」
しかし、明らかに命中するはずだった木銃は、まるでアジェーナをすり抜けたかのように空を切る。いったん着地したマルヤーナは、間髪入れずに再度アジェーナへと突貫した。
(くっそ! やっぱこうなるよなあ……!)
兵士としての訓練を受けているマルヤーナ相手に、まともな白兵戦をやったら絶対に勝ち目がない。何としてでも接近を拒否し、中距離からの攻撃に徹したかったが、彼女はアジェーナの攻撃を軽々といなしつつ、猟犬のように食らいついてくる。
そして、
「はぁ!」
マルヤーナから顔面目掛けて投げつけられた木銃をアジェーナは受け止めるも、懐に入り込んだマルヤーナから臍めがけて拳骨を繰り出され、寸止めされた。
「……参りました」
アジェーナが負けを認める。少し遅れてメイド達も決着がついたことを認識し、お互いの健闘を称えて拍手が上がった。
「いい闘争でしたね。ありがとうございました」
「……」
マルヤーナがにこやかに握手を求めると、アジェーナはじっとりした目つきで不満げにマルヤーナのことを見つめる。
「……お楽しみいただけませんでしたか?」
「必死でしたので」
そうは言いつつも、ふくれっ面でアジェーナは握手には応じる。
「そうですか……」
「一応身柄を狙われている身だというのは理解しますが、何事も向き不向きがあります。私個人の戦技を磨く前に、もっとやることがあるでしょう」
さすがに表情が曇っているマルヤーナに対し、アジェーナはすねたような表情のまま、口を動かさずに言った。
「……本当のところは、毎日頭脳労働ばかりされているので、たまには体を動かされた方がすっきりするかなと思いまして……」
「それで軍事教練は……」
なおもアジェーナが渋い顔をしていると
「でもでも! アジェーナ様凄かったですよ!」
「木銃を投げて使うなんて初めて見ました!」
「地面に潜ったり、いきなり空から現れたり!」
「私たちにはできない凄い魔法をいっぱい見せてもらえて楽しかったです!」
いつの間にかわらわらと集まってきたメイドたちが熱っぽく話しかけてくる。
「……まあ、射撃だけなら、たまには、いいか、な……」
試験管の中の賢者と言えど、案外誉め言葉には弱いらしかった。
アクションシーン、動きが激しいので頭がすごく疲れました……
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