※お嬢さんは非売品です
「今日はお洗濯の時間がいつもより短くて済んだので、射撃と白兵の両方を実施します」
「やったー!」
「えー!?」
物干し場から少し離れた射撃場でメイド長がその様に告げると、メイドたちから歓声もしくは不平が上がる。
「では、各々空気銃と弾丸を受け取って、射撃ブースに向かってください」
そういわれると、メイドたちは台に立てかけてある空気銃──一見すると普通のマスケットのようだが、銃床がナスの実のような形をした空気タンクになっている──と、おそらく1マガジン分の鉛玉が入った袋をつかんで、日曜大工感が漂う衝立で仕切られた射撃ブースに入っていった。
「服汚れるからいやなんだよねー、射撃訓練」
「地べたに直接伏せろとは言われないからいいじゃん。白兵訓練の方が痛いから私は嫌だよ」
緊張感無く雑談をしながら、メイドたちは空気銃の管型弾倉に鉛玉を込めていく。ブース周辺の地面には事前に使い古されたテーブルクロスらしき布が敷かれており、伏射姿勢をとっても一応服が汚れないように配慮はされていた。
「ちゃんと弾撃たせるんですね。てっきり大声で『バーン』とか叫ぶんだとばかり……」
練習風景を見て、アジェーナはそんな感想を漏らす。この世界ぐらいの技術レベルでは、弾薬が高価すぎて歩兵に練習で撃たせる分が配当できない国もよくあったのだ。そういう時は、射撃の動作のみを訓練し、発射した時は射手が叫ぶことで代用するのである。
「メイドにはお屋敷防衛の時間稼ぎくらいしか期待していませんからね。むしろ実際に弾を撃たせてあげないといざというとき役に立ちませんから」
「そうなんですか?」
いくら辺境伯家とは言え、軍人どころか軍属ですらないメイドたちの訓練である。経費をかけるだけ無駄なようにも見えるのだが。
「装填動作が煩雑だった前装式銃で戦ってた頃なら、それをひたすら練習させるだけでも戦力としての価値が上がったでしょう。しかし、今は後装式銃の時代ですし、彼女たちが有事の際に命を預けるのではあの空気銃ですから、普段からあれで訓練した方がいいのです」
マルヤーナはいつも通りニコニコと微笑みながらそのように語った。
「……本当にメイドさんたちを戦力には数えているんですね」
「とにかく人間が足りませんので、猫ならぬメイドの手も借りたいのです。それから、我が家のメイドたちは行儀見習いとして奉公に出された寄子の貴族令嬢であることも多いので、彼女たちの花嫁修業の一環でもあります」
「花嫁修業……? あ、いざというときに旦那様の命を守れます、という箔をつけて、婚姻が成立しやすくするってことですか?」
一瞬、マルヤーナの語ったことが理解できなかったアジェーナだったが、そのあとすぐにその意味を推測する。
「はい。私は近衛連隊に入ったほうがよっぽどいい経験になると思いますが、世間一般の殿方はリントゥアルエ辺境伯家とか、エステルボッテン方伯家での奉公経験があれば十分なようですね」
「いやまあ、ガチの軍隊経験はさすがに過剰火力だろうから……」
そのように雑談していると、ノルマである1弾倉分の射撃を終えたメイド長──役職こそメイド長だが、外見は12歳くらいのつるぺた幼女にしか見えない──が二人のもとへ近づいてきた。
「アジェーナ様もいかがですか?」
「……ハイ、ゼヒヤラセテクダサイ」
マルヤーナからの無言の圧力で、アジェーナはしぶしぶ銃を受け取る。弾薬もマルヤーナから手渡されてしまい、後に引けなくなったアジェーナは、仕方なくさっきまでメイド長が使っていた射撃ブースに入った。
「食客さん、鉄砲撃ったことあるのかな?」
「魔法はすごいけどねえ」
メイド長同様に射撃を終えたメイドたちが、わらわらとアジェーナのブースの周辺に集まってくる。
(ギャラリーがいるなあ……普通にやってもいいけど、多分求められているのは……)
アジェーナは手順通り銃を立てて弾倉の蓋を開くと、銃の上で鉛玉の入った袋を乱雑にひっくり返した。
しかし、鉛玉は地面に落ちることなく、まるで漏斗を使っているかのように次々と管型弾倉へ吸い込まれていく。言うまでもなく、グリッチで鉛玉の落下を制御しているのだ。
「すご~い」
「私、前同じことやろうとして、見事に地面にぶちまけちゃったよ」
「みんな一度は考えるけど、大抵うまくいかないんだよね」
やいのやいの言うメイドたちをほっといて、アジェーナは弾倉の蓋を閉じ、伏射の姿勢をとる。圧迫された臍帯の脈動を感じながら引き金を引くと、硬質な作動音とともに鉛玉が発射された。一瞬遅れて、薄くそいだ木板の的の中心を鉛玉が打ち抜く。
「命中ですね!」
嬉しそうにマルヤーナが言うと、アジェーナは銃を持ったままおもむろに立ち上がった。
ギャラリーがどうしたのだろうかといぶかしんでいると、銃に次弾を装填し、撃鉄を起こしたアジェーナは、的よりはるか上方に銃口を向けて引き金を引く。
空気の力で初速200m/sまで加速された鉛玉は、そのまま放物線を描いて飛んでいくものと思いきや、強烈な重力加速度で地面へと引き寄せられ、そのまま強く屈曲した弾道を描いて的のほぼ中央に命中した。
「え!?」
「なんで当たるの!?」
メイドたちがざわつく。メイド長も驚き、マルヤーナすらも表情がピクリと動いた。
(お、うけてるうけてる)
上機嫌になったアジェーナは、バトントワリングのように空気銃を操り、ある時は銃を股下に通しながら発砲し、またある時は背中越しに銃を構えて発砲し、さらには銃を縦回転させながら発砲し、挙句の果てには屈伸しながら速射するなど、無茶苦茶な姿勢で的を射撃していく。もちろん銃弾はグリッチによる軌道修正がなされ、どれもきっちり的の中央を捉えていた。
「……以上、20発。お粗末様でした」
そう言ってアジェーナは不敵な笑みを浮かべながらお辞儀をする。メイドたちもマルヤーナも、自然と彼女に拍手を送っていた。
「お見事です! ここまで見事な曲芸射撃ができるなら、実戦でも十分通用するでしょうね!」
満面の笑みでマルヤーナが賞賛を送る。なかなか本心がつかみづらい彼女ではあるが、さすがに心からアジェーナの事をほめたたえているととらえて良いだろう。
「そうでしょうそうでしょう! ですから私に教練は必要ないということで……」
「でも白兵戦の技量はいかがでしょうか。敵は弾が切れても攻撃をやめてくれませんよ?」
「いや、あの、私、ぶっとい血管がむき出しになってて、万が一破れでもしたら……」
「ここに良いものがあるんですよ。これで臍帯を覆って、その上から包帯を巻いて固めれば安全ですね?」
そう言ってマルヤーナはアジェーナの臍帯より少し太く作られた弦巻ばねを取りだす。ばねの間に臍帯を通して、その状態で正しい方向にばねをまわしていけば、ばねは螺旋構造になっているので臍帯を覆っていくことができる。その上から布か何かを巻いてしまえば、臍帯を保護することができるというわけだった。
「アッハイ、ソーデスネ……」
もう少し屁理屈をこねることは可能だが、マルヤーナはなんとしてでもアジェーナと白兵戦をしてみたいのだろう。観念したアジェーナは、この後の白兵戦訓練にも参加することを受け入れるのだった。