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家を背負うということ

 セルヴァが窒素直接酸化グリッチが可能なことを証明したため、硝酸直接合成グリッチプラントの開発を最優先にすることになった。とはいえ、彼女を工場に常駐させるわけにはいかず、そもそも彼女一人で作れる二酸化窒素の量は工業的には微々たるものである。


「窒素を燃やそうなんて普通考えないよな。やっぱ夜空を見上げて未来を視てた連中には敵わねえよ」


 グリッチを工業的に利用する上で必要になってくるのが、グリッチを再現するための電気的には無意味な回路「グリッチ回路」だ。それを組む作業をしながら、アルマスが皮肉げに言う。


「えっと、それはどういう……?」

「セルヴァのカンシティオント家は、もともと王室お抱えの占星術師の家系だったんだよ。それが、神秘(オカルト)から科学(サイエンス)魔法(グリッチ)が精製されていくにつれて、天文学を中心に学術を司る家へと変わっていったんだ」


 疑問を投げかけるアジェーナに、動物の神経線維を「配線」しながらアルマスが答えた。


「へえ、占星術……じゃあ、もしかしてルルちゃんが『太陽を近くで見たい』って言ってたのは……」

「家の関係で、小さいころから天文学に触れていたからなんだろ。僕の母様も天測とかできるから、近衛連隊で重宝されてたらしいし」


 アルマスは作業の手を止めずに、アジェーナが類推した内容を肯定する。


「あ、そっか。イルマタル様もカンシティオント家の方だったんでしたね」

「家業を継ぐことを嫌って近衛連隊に入ったのに、その家出先で家業のために重宝されるってのも、なかなか皮肉な話だがな」


 世間話をしている間にも、配線作業は着々と進んでいく。だんだんとエリンギの断面のような形に近づいてきた。


「ところで、アルマスさんはそんなに迷いなく神経線維を配線していってるように見えるんですけど、なんか法則性があったりするんです?」

「ん? エルフを凌ぐ魔導士(ハッカー)として作られたのに、魔法(グリッチ)回路のつくり方は知らないのか?」


 アジェーナが質問すると、アルマスは手を止めて彼女の方を向く。


「いえ、我が国独自の法術(グリッチ)回路構築理論はあるのですが、今のアルマス様の作業を見ていると、それとはだいぶ毛色が違う気がして」

「ふーん、ノレギも似たような技術を持ってるはずだが、アジェーナには教えてくれなかったんだな。と言っても、『これさえ知ってればどんな魔法(グリッチ)でも必ず再現できる』って方法があるわけじゃないんだが……」


 アルマスはそういうと、いったん作業を止めて神経線維の配線方法を語り始めた。


「……つまるところ、実際の法術(グリッチ)を使用するときにおいて、使用者の脳をはじめとする神経系の通電している部分を再現したものが、法術(グリッチ)回路になるわけですか」

「そういうことだな。今は生きた神経線維で模擬しているが、工場設備として使うにはさらにこれを普通の電子回路に改設計しなければいけない。腐ったり干からびたりホルマリンにつけたりしたら使えなくなるからな」


 再び配線作業をしながらアルマスが言う。


「ほえ~……」

「配線の通し方がちょっとずれただけで再現性が失われることもよくあるから、物理法則さえ理解していれば全く新しい装置を作り出せる科学の方に注目が集まるのも仕方がない。人類が扱うには繊細過ぎるし、属人的に過ぎるんだよ。魔法(グリッチ)工学ってやつはさ」


 針金などを使って神経線維の通し方を調整していたアルマスは、ひとしきりグリッチ工学の手探り感を愚痴った後、手についたグリセリン溶液をウエスで拭って伸びをした。


『私はTASで新ルートを開拓したりするときみたいで面白そうだと思ったけどなあ』

「ん? なんて言った?」

「ああいや、そんな手間のかかる技術を習得されてるアルマスさんはすごいなって」


 アジェーナは日本人にしか伝わらない感想を日本語で口にした後、アルマスを持ち上げるようなことを言ったことにして、アルマスがどう返してくるか反応を見ることにした。


「そこはほら、お父様もお母様も凄い魔法(グリッチ)の使い手だからさ、それを見て育った僕も、まあ魔法(グリッチ)を好きになって当然だよね」


 こともなげにアルマスは返事をするが、なんだかんだ言ってうれしそうな様子がアジェーナにも見て取れる。


「確かに、わかりますよその気持ち。私も初めて壁抜け法術(グリッチ)ができた時、すごく感動しましたもん」

「ほお、やるじゃん。なら無を取得することも?」

「できますよ。ここだけの話、誰かに協力していただければ増殖グリッチも使えます」

「それはすごいな。造幣局に就職できるじゃないか」


 ゲームにおけるグリッチの定番、増殖グリッチもこの世界には一応存在しており、その使い手は各国の造幣局に高給で雇われて金貨を増殖させる仕事についていることがある。


「いやまあ、我が国にはちゃんと金山がありますので……」

「ああ、金山があるなら普通に掘ったほうが速いだろうな」


 アジェーナが苦笑しながら話すと、アルマスは試作した魔法(グリッチ)回路に電気を流しながらこともなげに答えた。


「増殖法術(グリッチ)を使うには、その前に無を取得する必要があるんですけど、あれめちゃくちゃめんどくさいですからね。ルート次第では地面に埋まって死ぬ可能性がありますし」

「そんな複雑な魔法(グリッチ)が今の魔法(グリッチ)工学で回路化できるはずもなく……結局、金を稼ぐ一番の近道は、まじめに働くことなんだな」


 そう言った事情から、グリッチで貴金属を増殖させることは、世界経済に異常をきたすほどの規模では実施できない。産業革命から1世紀以上がたち、各国の生産力が飛躍的に向上した現在ではなおさらであった。


「おお、それならまさに今、アルマスさんは率先垂範して働いているではありませんか。きっと辺境伯領の将来は安泰ですよ」

「どうだか……父様や母様からすれば、嫡男が寝食を忘れてうまくいくかもわからない魔法(グリッチ)回路作りに熱中してるの、美術品収集に入れ込んでるのと大差無い感じがするんだよな」


 アジェーナが褒めると、アルマスは再び神経線維を追加する作業をしながら、自虐的に話した。


「そうなんです?」

「うちは武官系の家だからな。体を鍛えて戦士として強くなることが喜ばれるし、デスクワークをするにしても、兵棋演習をするとか、戦史を紐解いて戦術の引き出しを増やすとか、そう言ったことが期待されるんだよ。今の僕は、昔の母様と逆の状況に置かれているのさ」

「そういえば、先ほど『イルマタル様は家業を継ぎたくなくて近衛連隊に居た』と言ってましたっけ。ルルちゃんも『家出のつもりで近衛連隊に入った』と言ってましたし、あの人結構武闘派なんですね」


 あんな美しい、典型的な女エルフみたい人なのに、見かけによらないものだなあとアジェーナは感心する。


辺境伯領(うち)の郷土防衛隊の隊長は、父様じゃなくて母様だからな。兵棋演習でも軍刀術でも勝てたことがないし、純血種(エルフ)で女なのに亜純血種(ダークエルフ)の父様と互角に打ち合うんだから、恐ろしい人だよ」


 そう言うとアルマスは手を止めて天を仰ぎ、ため息をついた。


「まあ、アルマスさんはまだ若いですし、体も出来上がっていませんから、これからですよ」

「ヒトだったらそうかもしれんが、相手はエルフ系種だぞ? 理論上はいつまでも全盛期の肉体を保ち、無限に経験を積んで強くなっていく。僕がどれだけ強くなっても、その間に父様も母様もさらにその先に行ってしまうんだ」

「あ……」


 アルマスに反論され、アジェーナはようやく気付く。前世の感覚で気休めを言ったが、それは定命の者だけに通用する話。親木が枯れたり切り倒されたりしない限り、挿し木した株が親木の背丈を超えることはないのだ。


「そしてそのうち癌か戦争でいきなり死んで、あの人たちを『超える』機会は永久に失われるのさ。だから、父様や母様の土俵である戦闘力ではなくて、自分の得意な……」


 そこまで言ってからアルマスはハッとしたように押し黙る。


「……どうかしたんです?」

「そうか。だから僕は、こんなにも熱心に魔法(グリッチ)のすべてを知ろうとしてたんだな」

「えっと、自分がどうして法術(グリッチ)工学に打ち込んでるのか、今気づいたってことですかね」


 一人で勝手に納得したアルマスに対して、アジェーナは素早く状況を類推する。


「そういうところだ。今までは単なる自分の好みの問題だと思っていたんだが、親への対抗心という側面があったらしい」

「まあ、それはあるでしょうね。でも、私から見ればもう1つ、法術(グリッチ)を理論から極めることにアルマスさんがこだわる理由があると思いますよ」

「ほう?」


 アルマスは興味深そうにアジェーナの方を振り向く。


「ほとんどの人は法術(グリッチ)の使用を自分の経験と感覚に頼っています。アールニ様とイルマタル様も例外ではないでしょう」

「まあ、そうだろうな」


 人種が同じなら、どのようなグリッチをどれだけの強度で使用できるかは才能に左右されるというのが常識だ。脳の詳細設計は一人一人異なるのだから当然である。


「そこで、法術(グリッチ)の原理原則を理解すれば、それまで使い手が限られていた法術(グリッチ)を新たに使えるようになったり、今使えているグリッチをもっと強く、あるいはもっと精密に発現させることができる。そうすれば、直接戦闘能力でも御両親を上回れるかもしれない……そんな打算があるのではないですか?」


 あくまで責めているような印象を与えないように、にこやかに微笑みながらも、まっすぐにアルマスの瞳を見つめながらアジェーナは言った。


「……確かに、そう言われるとそんな気もしてきたぞ」

「まあ、親が偉大でも子はあらゆる面で苦労するものです。意識するなというのは無理な話ですから、正しく、正確に己と向き合えばいいんじゃないでしょうかね」

「……お前、前世では何歳だったんだ?」


 微笑を崩さずにアジェーナが続けると、怪訝な顔をしてアルマスが問う。


「さあーてね……三十路だったか四十路だったか……もう、遠い昔の話ですよ」


 アジェーナは両手を頭の後ろで組んでそっぽを向くと、遠い目をしながらはぐらかすように答えた。

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