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カンシティオント式三胴水管缶

「これはもしかして、もしかすると……」


 地下室に鎮座していたのは、おむすび型の小さなボイラーであった。興奮が抑えられない様子のアジェーナは、その周りをぐるぐると見て回っている。


「たぶん稼働中なのでこのカバーは取れないんと思うんですけど、この中ってこうなってたりしませんか?」


 そう言うとアジェーナはグリッチで持っていた燭台の蝋燭の光とその波長を捻じ曲げ、3本の円筒が鋼管で逆V字型に接続されている絵を空中に投影した。


「あってるぞ。とにかく熱効率を良くして、燃料代を抑えたかったからな。名付けてカンシティオント式三胴水管ボイラーだ」

「絶対よそが似たようなボイラー考えてますって。恥ずかしいからやめてくださいよ〜」


 アルマスが得意気にボイラーを紹介すると、横からセルヴァがその名前に抗議した。


「ん〜、葦原では別の名前で呼んでますけど、私の出国直前に試作品が完成した形式ですから、世界最先端のボイラーとみなして良いんじゃないでしょうか」


 アルマスからの証言で確信を得たアジェーナは、この世界の技術レベルに対して最高のボイラーであると告げる。近代水管ボイラーの決定版「ヤーロウ式ボイラー」の同等品だからだ。


「ほらみろ」

「え〜!? こんな単純な構造、誰でも考えつくんじゃないの!?」


 からかうような笑みを見せるアルマスとは対照的に、開いた口がふさがらないセルヴァ。


「その単純な構造で問題ない、ということが、よその国ではなかなか分からなかったんです」

「だよな。アールヴ語の工業新聞で見る水管ボイラーは、曲がった水管を使ったり、もっと余計な配管が付いてたりしていた。たしか、曲がった水管を使うのは熱応力を逃がすためで、余計な配管が必要なのは、それがないと蒸気ドラムから水ドラムに凝縮水が落ちていかないからだったか?」

「おお、よくご存じですね。そのとおりです」


 嫡男として英才教育を受けているのか、妙にボイラーに詳しいアルマスにアジェーナが感心していると、


「アルマス様も工学、特にグリッチを活用するものがお好きなんですよね。3年前の社交パーティーで初めてお会いしたとき、壁抜けグリッチ回路を搭載した榴弾をどうやって起爆するか、14歳の子爵令嬢に熱心にお話してましたもの」


 マルヤーナからアルマスとの馴れ初めが暴露された。どうやらアルマスの工学知識も、単に趣味で身につけたものだったらしい。


「あれは工学の話をすれば女はみんな興味を失っていなくなると思っただけだ! ……まさか文字通り辺境まで追ってくるとは思ってなかったんだよ」

「その話、マルヤーナさんは理解できたんですか?」


 気になったアジェーナはマルヤーナもいける口なのか質問する。


「アルマス様の説明が丁寧でしたから、まあざっくりとは?」

「あら、工学は得意ではない?」

「学問より荒事のほうが得意でして……父は30年くらい前に戦功を認められて爵位とエルフの妻、つまり私の母を得たヒトなのですが、常々『学のあるやつと一緒になれ』と言っていたものですから、これは逸材だぞと思いまして」

「へぇ〜なるほどぉ……」


 逃したくない男がいたから、女の方から積極的にアプローチして良いらしい。今生はもちろん、前世でも異性との縁がなかったアジェーナにとって、とても参考になる情報である。


「……そんなことより、このボイラーをどう使う気なのか、食客殿にお話いただいたほうがいいんじゃないか?」


 マルヤーナがアジェーナに惚けていると、アルマスがうんざりした様子で話を元に戻した。


「おっとそうでした。いやまあ、これだけのボイラーが作れるのでしたら、応用する先はいくらでも……船に載せてよし、発電に供してよし、地域熱供給に使ってよしです」


 このボイラーの使い道に対し、アジェーナは何に使っても及第点になると太鼓判を押す。


「取り敢えず、そのあたり全部やっていけばよいか?」

「理想を言えばそうですが、やればいいってもんじゃないですし、予算も限られてますでしょ? ……そういえば、この(くに)は冬場に野菜が取れずに苦労していましたね……」


 昨晩食べた根菜のスープと、申し訳なさそうなセルヴァを思い出しながらアジェーナは言った。


「決めました! ハウス栽培をしましょう!」

「ハウス栽培?」

「家の中で野菜でも作るの?」

「実家にちょっとした温室ならありましたけど……」


 この世界ではまだ大規模なハウス栽培が行われていないため、アジェーナ以外は皆きょとんとしている。


「こう、かまぼこみたいな長くて透明なテントの中を加温して、一年中作物を作り続けるんです。農村に冬の間も仕事を与えられますし、真冬でも商品を出荷できますから、収入の増加が見込めます」

「かまぼこ?」

「ああ、えっと……こんな形です!」


 セルヴァがよくわかってなさそうな顔をしたので、アジェーナはボイラーの時と同様に、燭台の光でビニールハウスの絵を描いてみせた。


「かまぼこが何物かは置いておくとして、冬場にも食料供給があれば都市部でも食費が下げられるだろうから、国民全体に恩恵がありそうだな」

「そしてハウス栽培には、それを支えるための発電と地域熱供給が必要になってきます。この……カンシティオント式水管缶には、その根幹を担ってもらいましょう」


 当初は船舶用として開発されたヤーロウ式ボイラーも、陸上火力発電に転用され、こちらでも成功を収めている。グリッチが存在する関係で史実以上に電気エネルギーが重要な世界だから、地域に電気が通ることは極めて大切なことなのだ。


「良かったなセルヴァ、うまく行けば一番の功労者は君になるだろう。そうなれば、父上から下賜される報奨金の取り分は、セルヴァのが一番高いはずだ」

「報奨金……! わかりました! ルル、頑張ります!」

「あら……」


 一見身なりも良さそうに見え、腐っても伯爵令嬢であるセルヴァが、お金でやる気を出し始めたことに、アジェーナは違和感を覚える。

 とはいえ、アルマスたちが乗り気になってくれたことから、本格的に大規模ハウス栽培の実用化に向けて動き出すことになった。

少しでも面白いと思っていただけたり、本作を応援したいと思っていただけましたら、評価(★★★★★)とブックマークをよろしくお願いします。

後感想くれるととっても嬉しいです。今後の展開の参考にもなりますしね。

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>「決めました! ハウス栽培をしましょう!」 その前に、ビニールかそれに類する素材の有無、もしくはガラスの価値を確認しておいたほうが良いのでは……?
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