【和風ファンタジー】3話 (2)【あらすじ動画あり】
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お忙しい方のための、あらすじ動画↓
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◆忙しい方のためのショート版(1分)
https://youtu.be/AE5HQr2mx94
◆完全版(3分)
https://youtu.be/dJ6__uR1REU
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【あらすじ】
時は大正と昭和の境目、帝都一の歓楽街・浅草。
少年・銀次は、口先ひとつで芸を売る香具師として生きていた。
震災で家族を失い、浅草の裏町〈幻燈町〉に通いながら、人々が失った「大切なもの」を探し出す——それが彼のもう一つの仕事、「探しモノ屋」だ。
ある日、浅草紅団の頭領・紅子が失踪する。
銀次は、幼なじみで黒団団長の辰政とともに、紅子を探すことに。
銀次は果たして紅子を見つけ出せるのか。
そして、自らが探し続ける「失ったもの」は、どこにあるのか——。
(ヤバい……! この町で迷ったりしたら、終わりだ……!)
冷や汗が背筋を伝う。
そのとき——
「!?」
突然、誰かに口をふさがれ、露店の裏手にある細い路地へと引きずり込まれた。
「な、何だっ……!?」
「——お前さん。また来たのかぇ」
低いながらも艶のある声がして、銀次はハッと振り返った。
「陵蘭……」
そこにいたのは、裏町で一番会いたくない男だった。
彼は驚いている銀次を見るなり、ニイッと笑う。その口端から、ちらりと鋭い牙がのぞいた。
陵蘭の容貌は、人間のものではなかった。いや、限りなく近いが、人間にしてはあまりにも綺麗すぎた。
さらりと垂れた白銀の髪、青みのある白い顔。鋭い瞳孔の紅い目。
美貌の男は、手に持つ番傘をパチンと閉じた。
「銀坊。この幻燈町に来たってのに、師匠であるわてに挨拶もなしとは……お前さんもずいぶん偉くなったもんだねぇ。なぁ、お前たち?」
陵蘭のまわりに立つ女たちが、くすくすと笑う。
彼女たちは幻燈町一の遊郭「花蛇」の遊女たちだった。
金の簪に、風月をこらした絹の織物。雅やかな化粧。
そんな艶やかな大輪の花たちに囲まれてなお、陵蘭はまったく見劣りしなかった。
むしろ、遊女以上に艶冶な趣がある。
女物の真っ赤な打ち掛けに、ぽっくりの下駄。
撫でるようなしなやかな口調。
しかし、女々しいとは違う。
どちらかと言えば今し方、女の寝床から気だるげに抜け出してきたような、そんな遊び人風情だ。
(うわー出たよ……)
銀次は、心の中でこっそりため息をついた。
陵蘭という名のこの男は、幻燈町で一番大きな遊女屋の店主だ。
だが、たおやかな物腰や、風雅な品性とは裏腹に、本性は強引で我儘。まさに大店の坊ちゃんといったところだ。
散々、彼に騙されてきた銀次としては、一瞬たりとも気を抜けない。
実を言うと、裏町で行き倒れていた銀次を拾い、助けてくれたのがこの陵蘭だった。それからも、何かと世話を焼き、裏町のことを色々と教えてくれている。
そういう意味では、陵蘭は銀次にとって恩人であり、師匠でもある。
……だが、できることなら、そう呼びたくはない。
なぜなら、あの時——
たっぷり親切を焼いたあと、陵蘭はこう言ったのだ。
「して、このお代は?」
当時は、震災直後。
着の身着のままの銀次は、本当に何も持っていなかった。
それを伝えると、陵蘭はにっこりと笑う。
「じゃぁ、体で払ってもらおうかねぇ」
——それが、不幸の始まりだった。
とんとん拍子に銀次は、陵蘭の下働きの小僧にされ、彼の言いつけ一つで浅草と幻燈町の間を駆け回る羽目になった。
当時、震災の影響で表町と裏町の境界は歪み、しょっちゅう裏町のモノが表町へ、表町のモノが裏町へと迷い込んでいた。
銀次は陵蘭の指示で、そうした迷いモノたちを元の場所へ戻す役目を負わされた。
『探しモノ屋』は、その延長線でやっている仕事にすぎない。
そんなこんなで、銀次は未だに陵蘭の使いっ走りから抜け出せていない。
だが文句は言わない。
お金持ちと権力者にはへいこらしておく——それが商人、いや庶民の生きる知恵だ。
「へぇ、すいやせん。ちょうど今から挨拶に行こうと思っていたところですよ、陵蘭の旦那」
「ふうん、そうかいそうかい。それよりもお前さん、誰かを探していたんではないのかぇ?」
「……え? あっ! 辰っあん!」
銀次は、慌てて路地を飛び出した。
だが、幼なじみの姿はどこにも見当たらない。
(……これは、やばいぞ)
裏町には、本当にいろんなモノがいる。
中には人の魂を喰らう幽鬼もいれば、身体ごと喰らう怪物も。
嫌な考えが頭をよぎった時、陵蘭が銀次の肩に、ぽん、と扇子を置いた。
「どうやらお困りのようだねぇ。どれ、わてが探してやろうか?」
「え? 出来るの?」
「なあに、簡単さ。——小奴」
「はぁい、主様」
しゃらりと簪の音をたてて、ひとりの遊女が姿を現した。
小柄な、目のくりくりした娘だ。
ただ島田髷から覗く獣の耳を見れば、人間じゃないことは容易に知れた。
彼女は陵蘭から何事かを耳打ちされると、小動物のようなすばやさで雑踏の中へ消えていった。
一方の陵蘭は一仕事終えたとでもいうように、金扇をパッと広げる。
「さて、お前さんの探しモノは、小奴に行かせたよ。安心おしぃ。あん子の鼻に狂いはないからねぇ。——ということで」
陵蘭は半月形に緩めた目元で、にやりと銀次を見下ろした。
(……嫌な予感がする)
「——今の代価は、どうする?」
予想通りの言葉に、銀次は脱力した。
(またっ、騙されたっ…!)
これが陵蘭の手口だ。
親切のふりをして、あとからしっかり代価を取る。
エンコの不良少年もやらない阿漕な手だ。
銀次は観念して、ため息まじりに答えた。
「……じゃあ、いつもの、やらせていただきます……」