【和風ファンタジー】2話 (2)【あらすじ動画あり】
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お忙しい方のための、あらすじ動画↓
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◆忙しい方のためのショート版(1分)
https://youtu.be/AE5HQr2mx94
◆完全版(3分)
https://youtu.be/dJ6__uR1REU
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【あらすじ】
時は大正と昭和の境目、帝都一の歓楽街・浅草。
少年・銀次は、口先ひとつで芸を売る香具師として生きていた。
震災で家族を失い、浅草の裏町〈幻燈町〉に通いながら、人々が失った「大切なもの」を探し出す——それが彼のもう一つの仕事、「探しモノ屋」だ。
ある日、浅草紅団の頭領・紅子が失踪する。
銀次は、幼なじみで黒団団長の辰政とともに、紅子を探すことに。
銀次は果たして紅子を見つけ出せるのか。
そして、自らが探し続ける「失ったもの」は、どこにあるのか——。
「ん?」
その時、人波の中に見知った姿を見つけた。
辰政だ。
彼は若旦那のように懐に手を入れ、通りをゆったりと歩いている。その足取りとは裏腹に、視線だけは鋭い。
——獲物を狙っている。銀次は直感した。
どうやら仕事の真っ最中らしい。
辰政は一流のスリだ。
だが硬派な彼には、一つのモットーがある。
——金は、金持ちからしか盗らない。
『孤児のための募金を徴収しているだけだ』
昔、辰政がそうもらしていたのを覚えている。
やがて辰政は、髭をたくわえたソフト帽の紳士に狙いを定めた。
何気なく横に並び、煙管を取るふりをしてサッと、相手の巾着財布をかすめ取る。
時間にすれば、ほんの数秒。
辰政は現ナマだけを懐に滑り込ませると、何事もなかったかのように歩み去る。
その一連の動きは、まるで闇夜で太刀を抜くかのように、音もなく、鮮やかだった。
けれど、銀次は気づいていた。
一見、涼しい顔でやってのけている辰政も、見えない右目をいつも煩わしそうにしている。長く垂れた前髪は、粋ぶっているわけではないのだ。
ズキン、と銀次の胸が痛む。
気づけば無意識に、雑踏の中で幼なじみの姿を目で追っていた。
「市村ァ〜何を見ているんだぁ〜」
その時、背後から低い胴間声が響いた。
「ゲッ! 牛島!」
白い巡査服にサーベル。
振り返ると、そこにはエンコを取り締まる象潟署の警官——牛島巡査がいた。
普段、エンコの不良少年たちは象潟署の署員に袖の下を渡し、多少のことは目こぼししてもらっている。
だが、この牛島だけは例外。剛直というか、堅物というか——一切の不正を許さない。
目についたガキを片っ端からしょっ引いては、こってりシメあげ、なかなか返してくれない。最悪の場合、矯正施設に送り込んでしまう。
(これは、やばい……)
銀次はへらりと誤魔化し笑いを浮かべながら、一歩ずつ後ずさった。
「これはこれは、牛島の旦那。今日もご苦労様でござんす」
運の悪いことに、牛島は先ほど銀次が見ていた方角に目をやり、ニヤリと笑った。
「ほほーう。何を熱心に見ているのかと思ったら、あそこにいるのは黒団のボス猿、伊庭辰政じゃないか。いい機会だ。二人まとめてしょっ引っいてやるー!」
「ギャー!」
銀次は間一髪で牛島の手をかわし、人混みの中へと紛れ込んだ。
こんな時ばかりは、小柄な自分の体格に感謝したい。
喧噪の中をかき分けて辰政に追いつくと、その腕をグッと掴む。
「銀!?」
「辰っあん! いいから、こっち! 牛島に見つかった!」
状況を即座に察した辰政が、一緒に走り出す。
「またんかぁーい! こらぁぁっ!」
背後から牛島の怒声が響いた。
ちらりと後ろを窺った辰政は、苦々しい顔をする。
「はぁ……まさか牛島に見られてたのに気づかないなんて……俺も鈍ったかな」
「や、違う。俺のせいなんだ。俺が辰っあんのこと見てたから——」
「見てたって……まさか俺に見惚れていたんじゃないだろうな」
こんな状況でも余裕たっぷりに笑みを浮かべる幼なじみに、銀次は「あーへいへい」とだけ返した。
そのまま二人は大勝館、世界館の手前で横道に逸れ、千束町まで一気に走り抜ける。
「はぁっ……はっ」
裏路地に身を潜め、ようやく一息つく。
膝に両手をつき、背中で大きく息を整えた。
千束町は深い闇に沈み、店先のランプがぽつぽつと鬼火のように揺れていた。
時折、狭い路地の奥からは、白粉の匂いをまとった女がスッと現れ、またスッと消えていく。
十二階下。
震災前までここにあった私娼窟を、人々はそう呼んでいた。
十二階——正式には「凌雲閣」という名のその塔は、明治時代に建てられた西洋風の展望台だ。
八角形の赤煉瓦造りで、当時としては帝都一の高さを誇った。
まるで都を見下ろすかのようにそびえ立つその姿は、浅草——いや、帝都のシンボルタワーでもあった。
この塔を初めて見た日のことを、よく覚えている。
まるで西洋のおとぎ話に出てくる、魔法使いの塔のようだ、と思った。
「魔窟」——。
それが、この十二階下の別名であるのも、当然といえば当然だ。
魔女たちが巣食うこの場所は、蜘蛛の糸のように細い路地が絡まりあい、一度迷い込めば簡単には抜け出せない迷宮。
震災で十二階が崩れ、人の往来が途絶えた今でも、その当時の面影を残している。
それどころか、灯りや人影が乏しくなった分だけ不気味さも増した。
今にも暗い路地の奥から、この世のものではないモノが現れそうな、そんな雰囲気だ。