聖女は婚約解消されたが解消した相手を祝福する
唐突に思いついて突貫で作った。
「聖女マルティナ。貴女との婚約を解消する」
いつもは人の顔色を窺ってばかりの14歳の若き王が新年の祝賀祭で婚約者の聖女マルティナ、いや、今回の祝賀祭に集まっているすべての貴族に向かって宣言したのをマルティナは神具である鉄扇で笑いそうになる口元を隠す。
「――理由をお聞きしても」
ざわざわと動揺する。中には王の言葉を無理やり遮ろうと動き出す重鎮の姿を横目に王の邪魔をさせないように僅かにけん制して尋ねる。
そう。わたくしを聖女として利用するのならわたくしの意思を尊重するのが当然でしょうと見せるために、
「……貴女が不快だと思うのなら私の有責で婚約破棄でも構わない……貴女に非はないと皆に伝えておく。…………我が国は長きにわたって戦争を続けてきた。特に聖女マルティナ。戦女神の御使い。聖女として産まれてから正義は我が国にあるとばかりにますます戦火が広がった。先王のわが父が戦死しても戦争は終わらず、私と貴女の婚約が決まった」
「………………」
ええ、そうでしたね。戦争をし続けたい輩が幼い王を傀儡にして、その婚約者に戦女神の聖女であるマルティナを添えて、自分たちの行いを正当化しようとした。
王はずっとそんな者達の顔色を窺い、ひっそりと玉座に座ってきた。戦争をやめたいと一言でもいえば、戦争のどさくさに紛れて暗殺された先王含む他の王族の二の舞になるのを恐れて、
「長き戦争で我が国の民はほとんど戦場に連れて行かれて、畑を耕す人もいない。食料もなく飢えていく人々がどんどん増えて、生まれた子供を捨てる者も、家族が餓死していくのを当たり前のように受け入れている民もいる。国が疲弊していく」
「ええ。よく知っています」
戦女神の聖女だからと何度も戦場に向かい、その途中で見せられ続けた。
草木も一本もない田畑。僅かな食事をすべて奪われて、動く気力もない環境に身を置く人々。それなのに元凶である者達は戦争で肥え太りこの世の春とばかりに謳歌している。
「無いのなら奪えばいいとばかりにますます戦争を求める者も居るがこのままでは我が国に民はいなくなるだろう。それは国とは言えないだろう」
「そうですね。平和な世界。平穏など一向に訪れないでしょう」
そこまでして何を求めるのか。
「だからこそ。貴女を王妃には出来ない。私はこの死に掛けている国を蘇らせないといけないのだから」
戦女神の聖女がいたら戦争を求める輩はすぐに動こうとするだろう。だからこそと告げる様に、
「――陛下は、戦争よりも難しい戦いに身を投じるおつもりですね」
復興させるのにどれくらいの歳月が必要だろうか。戦争を求める輩はいまだ右往左往とこの国を巣食っている。それらを対応しながらも……暗殺に怯える日々に身を投じても民のために、そして、軍事主義の面々に宣戦布告したのだ。
おそらくそのきっかけは……。
「――陛下の覚悟。拝見しました」
頭を下げる。
誰かが言っていた。戦いというのは血が流れるだけのものではない。己の誇りを掛けて、心の中で戦うものもある。と――。
ならば、
「戦女神の聖女として言葉を贈らせてもらいます。その国のために戦争ではない戦いに身を投じる陛下に神の加護がありますように」
わたくしの言葉を聞いて都合のいい傀儡じゃなくなるのをきっと止めると思っていた輩が騒ぎ出す。きっと、わたくしがそんな王の言葉を臆病者だと断じるのを期待していただろう。
だが、わたくしは祝福した。そして、加護を与えた。
「――陛下。貴方さまの意思が無事叶うことを願っています」
先日。豊穣の神の聖女が現れたと秘密裏に聞かされた。その聖女が傀儡で生きることを受け入れていた陛下に一石を投じたことも。
その聖女が邪魔だと思っている者たちに殺されないように戦女神の聖女が害ある者から身を守る守護を与えたので大丈夫だろう。そして、陛下にも今与えた。
「では、陛下の御世が素晴らしい小麦畑で輝くことを祈っています」
言葉と共にすぐに立ち去る。この国にこれ以上いたらいくら戦争をしたくないと思っていても利用されるのが予想できる。
優雅に一見焦っているのに気づかれないように会場を後にすると、
「フリック」
ずっと控えていた神官騎士を呼び、
「国から出るわ」
協力してと命じる。
「――いいのですか。マルティナさま」
「ええ。直接打合せすることは監視があったので無理でしたが、同じことを思っていました」
戦争をやめさせる。それだけのために何が出来るか模索していた。
「豊穣の神の聖女が現れたのはわたくし達の祈りが通じたのでしょう。ならばこれ以上この国に居たらわたくしが足を引っ張ります」
ならばこそ逃げる。
「で。なんで俺を」
「貴方ならわたくしを裏切らないと信じられるからです」
不満げなフリックに向けて確信をもって告げると、
「口が上手い……」
と恥ずかしげにそっぽ向いて、
「ならばさっさと用意しましょう。誰も追いかけられない場所に」
すぐに逃げれるように馬車を用意してくれる様を見て、
「ありがとうフリック」
と後ろを振り向かないで逃げ出す。
(彼らの未来に幸あれ――)
決別した同志に心からの応援を贈って――。
恋愛はない。ただ仲間意識はあった。
ちなみに脳内で戦いの場所は心の中だ~という某歌詞が流れていたけど、ネタ分かるかな。