奇跡の後で
その行為は、瞬きの間に終わった。草原を吹く風、青い空、暖かな陽射し。精霊が見えない人間も、見える人間も。この光景を見れば、等しく驚き、喜ぶだろう。
「これで、お仕事は終わりね。帰って、メレディスさんに話しましょうか」
蓮は、それまでと変わらない様子で、笑っている。
「……でも、少し、惜しい気がするの。レンさんの力がなかったら、こんな世界は作れなかった。このまま帰って、あの男に伝えたら、絶対にアイツの手柄として語られるわよ。悔しいとは、思わないの?」
ウィリが下を向いて、呟いた。蓮はその手を取って、言い聞かせるように声をかけた。
「私は思わないわ。私のことを知らない人から、同じことをしてほしいって頼まれても、困るもの。メレディスさんなら、私の力のことは隠して、上手くやってくれると思うし……。それでいいと思うの。だって、世界中の皆から頼られたりしたら、あの穏やかな場所は失くなってしまうから」
ウィリは、目を伏せて、小さく頷いた。蓮の判断は正しい。人々が神と触れ合えなくなった世界では、蓮の力は神にも等しいものとして認識されるだろう。そうなれば、蓮は多くの人に求められるようになる。悪人であれ、善人であれ、力を求める人間は尽きることがない。エピナル湖に人が集まることを、蓮は望んでいないのだろう。それを再認識して、ウィリは顔を上げた。
「レンさん。何があっても、アタシたちはレンさんの味方よ。忘れないで」
蓮は顔をほころばせた。
「うん、分かってるわ。ありがとう、ウィリちゃん」
美しい世界に背を向けて、4人は歩きだした。オルテンデの真下から、エピナル湖の東端まで。来たときと同じペースで、進んでいく。違うのは、家に帰らないことだけ。蓮とジゼルが連れ立って、北東にある塔に向かうのを、華とウィリは少し離れたところから見送った。
――――
石の塔の中に入った2人は、以前と同じように階段を上っていった。向かう場所は塔の3階。メレディスの部屋だ。蓮が戸を開けて、中に入る。ジゼルも、その後を追った。
「もう帰ったのか? それで、首尾はどうなった?」
「上手くいきました。今、オルテンデの真下には、広い空間があります。後は、メレディスさんにお任せします」
「そうか。助かる。すぐ、オルテンデに帰るとしよう。俺が祖国に帰れば、セルフォスの使者も、帰らざるを得なくなる。そうすれば、お前たちの望みは叶うだろうさ」
相変わらず、部屋に物はない。今なら、その意味が分かる。メレディスは、この島に長居するつもりなど、最初から無かったのだろう。奇跡の力を得られれば、すぐにでも荷物を纏めて出ていけるようにしていたのだ。その証拠に、メレディスは小さな荷物を背負って、2人の横をすり抜けて部屋から出ていった。きっと、彼は2度と、ここには戻らない。気を張る必要がなくなったことを悟って、蓮は大きく息を吐いて、体から力を抜いた。




