誓約
「……国をひっくり返すとのことですが、具体的にはどのようなことをするつもりなのですか?」
「そう警戒なさらなくとも、だいそれたことはいたしません。異世界から訪れた人間は、生まれたばかりの赤子でも、奇跡を起こす力を持っている。そのように、古文書に記されていたのです」
蓮とメレディスの会話が、華の耳に届く。華は慌てて、ウィリの背に隠れた。メレディスはそんな華を見て、笑みを深めた。
「ご安心ください。オルテンデの者たちの中に、そのことを知る人間は1人もいません。そうでなければ、取引の意味がありませんから」
「取引……?」
「奇跡を起こす力の話が広まれば、その恩恵を受けようとする者も多くなる。不用意に力を見せることは、得策ではない。そういった意味では、あなたの判断は正しかったと言えるでしょう。僕がこのまま沈黙を貫いて、あなた方が誰にも話さなければ、このことは僕とあなた方だけの秘密となるでしょう」
「……なるほど、そういうことですか」
蓮がゆっくりと、息を吐いた。
「それは、私に対する脅しと受け取っても?」
「どう取っていただいても構いませんよ。どちらにせよ、あなたが選べる道は少ない。賢明なあなたであれば、最も被害が少ない選択肢を選ぶべきだと、理解できるはずですから」
「……貴様」
ジゼルが臨戦態勢を整える。それを見て、蓮が声を張り上げた。
「駄目です。……ここでこの人を殺したら、オルテンデはそれを口実にして、エピナル湖に攻めてくるでしょう。勝つにせよ、負けるにせよ、命が失われることになる。私は、それを望みません」
蓮は射るような視線を、メレディスに向けた。
「お話は分かりました」
「では……」
メレディスが勝利を確信して、取引の内容について話そうとする。蓮はそれを遮って、言葉を続けた。
「ですが、こちらからも条件があります。私たちの力を、人を傷つけることにつかわないこと。取引を行うと決めてからは、一生、奇跡について明かさないこと。その2つの条件を飲んでいただけないのなら、この話はなかったことにしていただきます」
メレディスが一瞬、目を見開いた。蓮は構わず、呪文を紡ぐ。
「Votum nunquam solvatur frangere pactum significat mortem quasi dicere《それは、破られることのない誓い。約定を違えることは、すなわち死を意味する。誓約せよ》」
メレディスは迷わなかった。蓮が提示した条件を受け入れて、即座に古代語で返す。
「conseu《了承した》」
それは、メレディスと蓮の契約が成立した証だった。




