暗雲
水の神殿は、島の中央にある。修理された神殿の真新しい柱に背を預けて、その男は立っていた。日が完全に沈んで、華とウィリを見つけた蓮が、ジゼルを連れて神殿の奥から出てくる。蓮は男を見つけて、目を細めた。
「こんな夜更けに、お散歩ですか?」
「ええ。目が覚めてしまったので」
彼は暗がりにいて、顔がよく見えなかった。ジゼルが呪文を唱えて、周囲を照らす。白い光の中に、柔らかな笑みを浮かべた青年の顔が浮かび上がる。
「ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません。今日も、良い夜で何よりですね」
「ええ、本当に。でも、ごめんなさい。私たちは、もう家に帰らなくてはならないの」
「おや、それは残念だ。明日も、この神殿にいらっしゃいますか? よろしければ、ぜひ一度、お話をしてください」
「お話できるようなことがあるかしら。世間知らずの娘よりも、王子様のほうがよほど、物事について知っていらっしゃると思いますけれど」
蓮もメレディスも、一歩も引かない。華は意を決して、口を開いた。
「お姉ちゃん」
全員の視線が、華に集まる。彼女は一瞬怯えたが、気を取り直して言葉を続けた。
「もう、帰らなきゃ。王子様も、何かご用がお有りなら、明日にしてはいただけませんか?」
姉が話していたことと、華が言葉にしたこと。内容自体は同じだが、1つだけ違いがある。華は、あの会見で、祭壇の前に立たなかった。蓮の言葉は聖女としてのものだが、華の言葉は、ただの子供のワガママだ。メレディスがどんなに高い位の人でも、子供のワガママには勝てない。少しして、彼は困ったような笑みを浮かべながら言った。
「……分かりました」
メレディスが蓮に向かって頭を下げる。それから、彼は1人で、夜闇の中に消えていった。
「ねえ、明かり、見えないんだけど」
彼が見えなくなってから、ウィリが小さな声で呟いた。島に街灯はない。夜になれば、足元が見えないほどに、暗くなる。にも関わらず、メレディスは明かりをつけずに歩いていった。
「明日は直接、家まで来るでしょうね」
穏やかで紳士的な、理想の王子様。だけどけっして、それだけではない。彼は、何のためにここに来たのか。真夜中の神殿で、何をしていたのか。蓮に、何を話そうとしているのか。それは全く分からない。
「大丈夫よ、ウィリちゃん。どんなことが起こっても、必ず私が解決するわ」
蓮の声は明るくて、前向きだ。悩んでも迷っても、大事な場所では腹を決めて、困難に立ち向かう。そんな蓮を見て、ジゼルが少しだけ、嬉しそうにした。




