水の道
青い扉を通り抜ける。それはまるで、水の中に飛び込むような感覚で。姉妹は反射的に、目を閉じて、息を止めた。
「大丈夫ですか?」
ジゼルの心配そうな声が、隣から聞こえてきた。蓮は、ゆっくりと目を開けた。周囲の全てが青く澄んだ水に包まれて、外界と遮断されているのに、不思議と窮屈さは感じない。下を見て、蓮は目を見開いた。
「水の、上……?」
柔らかく沈みこむ、青色の地面。歩けば波紋が広がって、まるで水面に石を投げた時のようだった。
「精霊の道を通るのは、初めてなのですね」
ジゼルが蓮に、手を差し出す。
「どうぞ、お手を」
「いえ、私は大丈夫です」
蓮はその手を断って、華に声をかけた。
「華、行こう?」
華は答えない。目を閉じて、その場でずっと立ち止まっている。華は泳げない。だから、水が怖くて動けないのだろう。蓮はその事を知っていたから、華を安心させようと、声をかけ続けた。
「大丈夫だよ、怖いことも苦しいことも、ここには無いから。ほら、目を開けてみて」
「……お姉、ちゃん……?」
華がゆっくりと目を開ける。
「そうだよ。華、ここは息もできるし、目も開けられる。だから、大丈夫なんだ」
華が頷く。
「……うん。凄いね、ここ。水の中だけど、水の中じゃないみたい」
華は、まだ少し怖がっている。無理もない。この青く光る道の上に立っているだけで、水に触れているような感覚になるのだから。
(でも、このままじゃダメだ。華が動けないと、先に進むことは出来ない。何とかしなくちゃ)
蓮がそう思ったのと同時に、ジゼルが動いた。
「失礼します」
短い言葉と共に、華の体を抱き上げる。それはまるで、王子様がお姫様を抱えるように。華の首を右腕で、閉じた両足を左腕で支えている。
「ジ、ジゼルさん?!」
華が驚いて、ジゼルの腕から逃れようとした。けれどジゼルは華を離さず、歩き出す。
「その様子では、この道を歩くのも大変でしょう。私がお運びしますから、大人しくしていてください」
蓮は驚きで固まっていたけれど、その言葉を聞いて、慌ててジゼルを追いかけた。
「お姉ちゃん……ど、どうしよう。どうしたらいいの?」
「華が気にするのも分かるけど、ここから出るまでは、ジゼルさんに抱えて運んでもらわなきゃ。それに、華は小さくて可愛いから、きっと迷惑にはならないよ」
華は少し怒ったような顔になった。
「……私とお姉ちゃんは、そんなに変わらないでしょ。だからお姉ちゃんだって、迷惑にはならないよ」
「そうですね。私は鍛えていますから、遠慮なく任せてください」
蓮は困ったような顔になって、頷いた。自分と妹は違う。自分は妹のように可愛くないから、お姫様にもきっとなれない。そんなことは知っていたけれど、それでも二人の言葉が嬉しかったから。蓮は何も言わなかった。