仮初の護衛
「あの、大丈夫ですか……?」
先に動いたのは、華だった。蓮は遠くから、騎士の様子を観察した。銀色の長髪、涼やかで凛々しい目元には、強い意志が宿っている。
「私のことは、お気になさらず。早晩、絶える命です」
騎士は強い声音で言って、立ち上がった。その足取りは弱々しく、今にも倒れそうで。そんな人を放っておくことなど、妹には出来なかったのだろう。
「そんな! 私たちが、何とか……」
華は騎士に駆け寄って、その体を支えた。騎士は動じることもなく、淡々と言う。
「良いのです。騎士として、どれだけ腕を上げようと、この剣を捧げるに足る主がいない。主の居ない騎士に、生きる意味などありません」
その言葉を聞いて、華が凍りついたように動きを止める。無理もない。死ぬ覚悟を決めた人の、揺るがない信念が、そこには籠められていたのだから。
「とっても素敵な、立派な理由、ですね。でも、騎士だっていうのなら。1度守った子供を置いていくのは、どうかと思いますけど」
蓮は、騎士の行く手を塞いで、胸を張った。こういう時、華は自分のやりたい事を主張しようとしない。だから、蓮が華の代わりに、やりたいことが出来るように声を上げる。そんなことをするから蓮は煙たがられるのだけれど、華はいつだって、心の底から安堵した様子で笑ってくれるから。蓮は、その笑顔が見られるのならば、それでいいと思うのだ。今も、妹は蓮に笑いかけてくれている。騎士は、そんな彼女たちの姿を見て、強張っていた表情を緩めた。
「……確かに、あなたの仰るとおりです。騎士として名乗りを上げた以上、あなた方を無事に街まで送ることは、最低限の義務でしょう」
華が明るい表情になって、蓮に飛びつく。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
蓮は華の頭を撫でながら、騎士が立っている方向に視線を向けた。騎士は蓮の視線に気付くと、微笑みながら頷いた。
――――
華が落ち着いたのを見計らって、騎士が口を開いた。
「名乗りが遅れてしまい、申し訳ありません。私はジゼル。ジゼル・ヘルター・アルベルティです。名前でも、家名でも。好きなように呼んでください」
「麻木華です! よろしくお願いします、ジゼルさん」
「……蓮です」
妹は明るく、姉は静かに返答する。ジゼルと名乗った騎士は、2人の名前を聞いて、不思議そうな顔をした。
「聞き慣れないお名前ですが、出身は? この森にいるということは、オルテンデ王国の方かとも思いましたが、それにしては名前の音が不自然ですし……」
「私たちは、別の世界から来たんです。急に知らない場所に飛ばされて、引き離されそうになったので、逃げてきました」
蓮が語った、荒唐無稽な話を、ジゼルは笑うことなく聞いていた。そして。
「そういった事情があるのであれば、オルテンデに戻るべきではありません。ここから南東に向かえば、フォルリという小国があります。そこで船を買って、南にあるという島国を目指しましょう。オルテンデも、海を渡った先までは、追いかけてこないでしょう」
姉妹が逃げきるための提案も、してくれた。だから2人は、ジゼルを信じて旅をすることを、決めたのだった。