明かせない話
「……そうか。お前が言うなら、信じよう」
少しして、男が言った。
「要らぬ話をしたな。忘れてくれ」
目を伏せた男の言葉に頷いて、ジゼルは口を開いた。
「それでは、私はこれで失礼します」
男はジゼルを引き止めなかった。ジゼルは入り口にいた精霊たちにまとわりつかれたまま、部屋から出てきた。その目が、天井近くを浮遊していた橡蝠守に向く。橡蝠守は視線を感じて、慌てて動いた。目を共有していたウィリには、その視界が見えたけれど。橡蝠守が見ていたものは、ウィリだった。それも仕方ないと、ウィリは微笑んで。感覚の共有を止めた。橡蝠守は真っ直ぐに飛んで、ウィリの着ている服に潜りこむ。隠れるように服の中に入って、姿が見えなくなってしまった友達に。ウィリは想いを込めて、言葉を伝えた。
「ありがとう、アート」
ジゼルの足音が聞こえてくる。その音は、ウィリの前で止まった。
「聞いていたのか」
低い声。ウィリは怒られると思って、身を縮めた。けれど。
「……そうか。仕方ないな」
ジゼルは声を荒げることも、手を上げることもなかった。ウィリは恐る恐る顔を上げて、目を見張った。自分よりも強くて、皆に頼られているはずの人が。諦めたような笑みを貼り付けて、自分の前に立っている。
「ちょっと。なんて顔してんのよ」
一瞬で火がついた。ウィリはジゼルを睨みつける。
「アタシより強いくせに、抗うことを諦めないでよ」
ジゼルは虚をつかれたような顔で、ウィリを見た。ウィリは泣きそうな顔でジゼルに相対していた。ジゼルが目を閉じて、息を吐く。
「ああ、そうだな。……ありがとう」
次に目を開いた時には、彼女はもういつも通りに戻っていた。ウィリは安堵で力が抜けて、その場に座りこむ。橡蝠守が心配そうに、服の中から顔を出す。ジゼルが笑って、右手を差し伸べた。
「立てるか?」
ウィリはその手を見つめていたが、少しして、自分の左手を伸ばした。重なる瞬間に、ウィリが手首を曲げて、その勢いでジゼルの手を弾いた。
「レンさんには良いけど、アタシにはやめて。そういうの」
そうしてウィリは、自分1人の力で立ち上がる。橡蝠守がウィリの肩に止まった。2人は、会話もなく、歩きだす。ウィリが前で、ジゼルが後ろ。間に開いた距離は、決して詰まらない。それでも、これまでよりはずっと、心の距離は近くなった。向かう先には、何も知らない姉妹がいる。きっと今も、深く眠っているだろう。大事だから、大好きだから。いつだって、笑っていてほしい。その気持ちは、同じだった。だから、何も言わなくても、お互いに察していた。今夜のことは、2人だけの秘密だと。




