盗聴
ジゼルは部屋に戻らなかった。日が沈みきって、蓮と華が大きなベッドで2人、手を握りあって眠っている。ウィリはベッドの傍に立って、眠る姉妹を見下ろした。なんとなく、眠れなくて。一緒に寝ようと誘われたのに、断ってしまった。
(でも、これでいいんだ。ベッドなら、あの給仕がもう一つ持ってきたし)
橡蝠守を連れて、部屋の外に出る。広い家は落ち着かない。ウィリは目的地を決めずに、橙色の明かりに照らされた廊下を歩く。
(大丈夫。ここは、セルフォスだから。アタシを傷つける奴らは、ここには居ないんだから)
自分に言い聞かせるように、心の中で呟く。火の精霊を追いかけて、ウィリは邸宅の奥へと進んだ。
(…………あれ?)
その道中で、立ち止まる。少し先の部屋の扉が開いていて、その周囲に火の精霊と風の精霊が集まっていた。
「アート、お願い」
小声で、橡蝠守に意思を伝える。橡蝠守は精霊に混ざって、部屋の入り口から中を見た。
(アートの目は、アタシの目。アートの耳は、アタシの耳)
心の中で念じれば、感覚を共有できる。森人なのに獣の子供みたいなことができるのは、とても珍しい、らしい。
(そんなの、知らないし、どうでもいいけど)
友達だから、橡蝠守がウィリのことを受け入れてくれている。それだけのことだ。それでも、こういう時には、とても頼りになる。ウィリは橡蝠守の目を借りて室内を見て、耳を借りて会話を聞いた。部屋の中に居たのは、2人の人間。片方は軍人で、もう片方はジゼルだった。
(父親と話してるの? でも、それにしては……)
橡蝠守を介していても感じ取れるほど、空気が重い。どうしてだろうと、考えたところで。
「何故拒む。お前も、分かっているだろう。伝説が本当だとすれば、お前が連れてきた少女たちは、世界を救う力を持っているというのに」
「だからといって、年端もいかない子供に、世界を背負わせるというのですか。私は反対です。彼女たちは、ただ、平穏に暮らしたいだけなのですから」
そんな会話が聞こえてきて、ウィリは固まった。
(……何、これ。セルフォスでも、カナとレンさんは安心できないっていうの?)
ウィリの耳に、2人の会話が届く。ジゼルは、笑っていた。
「それに、なにより。あの2人に、そんな力はありませんよ」
ウィリは息を呑んだ。男が反論しようとしたが、ジゼルはそれを遮って、断言した。
「お父様が何を見たとしても、これはただの事実です。私は貴方よりも長く、あの2人の傍に居たのです。2人は確かに精霊の友の才能を持っていますが、それは救世主のような万能のものではありません」




