雷雲域
風の音が大きくなる。草木の葉が風に飛ばされて、足元に落ちる。雨が降らないのが不思議に思えるほどの、強い風が吹いてきた。森の木々が風に押されて、大きく傾いている。3人の少女たちは、前にも進めず、目も開けられなくなった。華とウィリが左右から蓮にしがみついて、飛ばされないように体勢を低くする。
「Ruckkehr kinder gotes」
ジゼルが呪文を唱えた。その音は、風の音が強すぎて、ほとんど聞き取れなかったけれど。それでも、効果はあった。唐突に、風が止む。前に進もうと力を入れていた少女たちは、急に遮るものがなくなったことで、勢いを殺しきれずに前に倒れそうになった。ジゼルが蓮の体を支えて、それを止める。蓮はゆっくりと目を開けた。大小の黒い岩が転がる荒れ地が、目の前に広がっている。地面には、枝と幹だけの木と背丈が低い草が、ところどころに生えていた。黒い雲が空を覆っている。雷の光と音が、遠くから聞こえてきた。そちらを見ると、マクデブルクの軍隊が雷に打たれて、焼かれていた。ジゼルが前を見つめる。遥か彼方に、薄っすらと。街の外壁が見えていた。ウィリが華の手を引いて、先に進む。後から、蓮とジゼルが手を繋いで、歩いていく。広い荒野の中心に差し掛かったところで、ウィリが立ち止まった。そこにあったのは、何の変哲もない黒い岩だった。
「どうしたの?」
華に聞かれて、ウィリが震えた声で言う。
「……アタシ、ムリ。通れない」
ジゼルが蓮を連れて、止まった2人を追い越す。そして、その岩の前に立った。
『カエッテキタノ?』
『ドウシテ?』
『ボクタチノコト、キライジャナカッタ?』
『コノバショノコト、キライジャナカッタ?』
火花が散るような音。それが重なって、意味のある言葉のように聞こえてくる。ジゼルは岩に向かって、話しかけた。
「嫌いでも、帰らなければならなかったんだ。通してくれ」
『ソウナノ?』
『ソウナンダ』
『ニンゲンッテタイヘンダネ』
『トオリタケレバ?』
『イイヨ、イイヨ』
『オカエリ、ボクラノオトモダチ』
『ソシテヨウコソ、ステキナオキャクサマ!』
どこから聞こえてくるのかも定かではない声。それでも、歓迎されているということだけは分かったから。ウィリは華の背に隠れたまま、一歩ずつ先に進んだ。それまでよりも、明らかに重い足取り。華はその足取りに合わせて歩き、ジゼルと蓮はその後ろから、見守るように着いていった。強い光と音が、何度も聞こえる。ウィリはその音が聞こえるたびに飛び上がりかけては、それを抑えた。




