発露
「この山から、下りるんですか?」
獣しか通ることができないような山道は、オルヴェントに来る時に通ったのと同じような道だ。華が心配そうにするのも、無理はなかった。あの時、蓮も華も、ほとんど気力だけで歩き続けていたのだから。
「そうだな。宿の部屋に残してきた荷物を取りに行くことができれば、他の方法もあるが……」
ジゼルの言葉を聞いて、蓮が口を開いた。
「荷物を取ってこられればいいんですね。それなら、私に任せてください」
華は目を丸くして、姉を見た。
「何か、方法があるの?」
「実はそうなの。ほら、華も見たでしょ? 私が、スマホを持ってたの」
「見たけど、でもあれって、ポケットに入って……」
言葉に出してから、気づく。姉が、この世界の服を着ていることに。こちらに来て、ジゼルに会ってから。2人で一緒に、選んだ服だ。前に着ていた物は、荷物の底に入れて、ジゼルに持ってもらっていた。連がスマホを持っているのだから、ここに居る状態で、荷物を取ってくる方法はあるはずだ。
「……ひょっとして、精霊魔法?」
華の言葉に、蓮が頷く。それを見て、ジゼルが目を見開いた。
「お待ちください。マクデブルクでは、精霊は……」
「Sarcinas meas manibus《お返しください。私の物を、私の手に》」
蓮が詠唱した呪文を聞いて、ジゼルの言葉が途切れた。連が差し出した手の上に、円形の穴が開く。穴の奥は暗くて、よく見えない。そこから、宿に置いてきた荷物が落ちてくる。蓮は荷物を受け止めて、ジゼルに差し出した。
「ジゼルさん、これを」
ジゼルは荷物を受け取って、真剣な顔になった。
「レン様。貴女とカナが持っている力は、神の加護ではありません。マクデブルク帝国は、神や精霊を排斥し、人間の力だけでこの世界を治めようとしています。……私のように神の血を継いでいるのならば別ですが、何の準備もなしに、帝国の領内で魔法を使うことなど出来ないのです」
ジゼルの問いに、蓮が頷く。ウィリが口を尖らせた。
「それが何? どんな力を持ってたって、関係ないでしょ。それとも、アンタもこの人たちの力を利用しようとしてるの?」
ジゼルは、ウィリの挑発には反応しなかった。ただ、淡々と言葉を続けた。
「そうではない。お前も森人ならば、知っているだろう。今も残る神の加護は、世界を構成する3つの属性……炎と風、水だけだと。本来であれば、もう1つ。大地の加護も、残っているはずだった。帝国が神殿を壊し、神を殺さなければ」
ウィリが不機嫌な表情になった。
「そうね。本当に、バカな奴らだとは思うわ。大地の恵みを失った世界がどうなるかなんて、子供でも分かるでしょうに」
「そうだな。だが、それよりもずっと、ずっと昔。遥かな過去に失われたものがある。それが、世界の加護だ」
「なにそれ。アタシはそんなの、聞いたことないわよ。お貴族様の間じゃあ、そんな話が伝わってるの?」
「まさか。セルフォスの王宮でも、こんな話を真面目にする者など、1人もいない。これは、子供向けのおとぎ話。世界から見捨てられた私たちは、神と精霊の加護だけは、何としても守り通さねばならないのだと。それを教えるために、人の手で作られた話だ。……それでも、真実は含まれていたようだが」
そう言って、ジゼルは姉妹に目を向けた。




