罠
「そ、そんなことより!」
蓮は、いたたまれなくなって、逃げるように机の方に向かった。
「精霊の力を借りる方法を、」
蓮の言葉が途切れる。地面が裂けて、その体が吸い込まれるように落ちていった。
「……っ、しまった!」
ジゼルが顔色を変えて、蓮が消えた場所で、床に手を当てた。
「ここがオルヴェントであることを利用して、地の道を無理やり繋げているな。敵は獣の子供だと思っていたが、森人だったか。昨夜の男が獣を連れていなかったのは、連れてこられる獣が居なかったからか」
ジゼルが、目を細めて呟く。華は状況が理解できなくて、目を見開いたまま、その場で立ち尽くしていた。
「カナ。私は、レン様を助けに行く」
ジゼルに声をかけられて、華はようやく、動くことができた。ふらつきながら、ゆっくりと。その場所まで、歩いていく。
「お姉、ちゃん」
崩れ落ちた華を、ジゼルが支える。
「……すまない。私がついていながら……」
重い声音が、華の耳に届く。華は表情を強ばらせて、首を横に振った。
「違います。こんなの、だって、こんなこと……あんまり、急すぎるから。誰も、予想出来なかったと思います」
「いいや。2人から橡蝠守の話を聞いていたのだから、その可能性は考えなければならなかった。レン様が拐われたのは、私のせいだ」
「だったら!」
華は泣きそうになりながら、叫んだ。
「そう思うんだったら、私のことなんて気にせずに、お姉ちゃんを助けに行ってください!!」
「……そうだな。私とて、今すぐに助けに行きたいと思っている。だが、優先順位を間違えるべきではない。オルテンデが欲しがっているのはカナの方であり、レン様ではない。この罠も、本当はカナを捕らえるつもりだったのだろう。であれば、レン様は無事だ。そして、おそらくは。敵は、レン様を返す代わりにカナを渡せと言うはずだ。この意味が、分かるな?」
華は涙を溜めた瞳のまま、無言で頷いた。
「更に言うなら、この道だ。まだ、完全には閉じていない。通り抜けることができる。意図的なものを感じるが、この道を無事に抜けられれば、レン様はその先にいらっしゃるはずだ」
ジゼルが床に置いた左手を軽く握る。彼女の指の先が、床に吸い込まれていった。そのまま彼女が手を引くと、床に大きな穴が空いた。
「ここに入る。危険であることは言うまでもないし、失敗すれば、レン様の願いは叶わない。それは分かっているが、カナをここに残すのも、同じくらいに危険だ。私は」
「……一緒に、行きます」
ジゼルが話し終える前に、華は言葉を被せた。ジゼルは華の言葉に頷いて、短剣で自分の髪を断ち切った。
「Blut und bande petition unter dem familiennamen Alberti das ist das licht gottes ich renne mit meinem korper meinem leben wie ein blitz」
これまでジゼルが使っていたものとは違う、硬質な呪文。切り離された銀色の髪が繋がって、光る糸になる。その糸が華とジゼルの体を繋げたことを確認して、ジゼルは華を抱いて穴の中に飛びこんだ。




