森の中
石壁を越えた先には、大きな森が広がっていた。2人の子供は木の上に着地して、枝に止まっていた鳥たちは、一羽残らず飛び去った。
「華、大丈夫?」
「大丈夫! お姉ちゃんも、大丈夫よね?」
2人は互いの無事を確認して、周囲を見回す。大木の上、大量の葉に囲まれて、眼下には苔が生えた地面も見えている。若々しい木々の香りに囲まれて、2人は顔を見合わせた。
「どうしよう、お姉ちゃん。結構高いよ、ここ。下りられるかな?」
「大丈夫。この木は大きいから、枝から枝に移動して、出来るだけ地面に近いところから下りよう。ほら、こっち。繁みがあるから、ここから下りたら、衝撃も軽減できると思う」
蓮に先導された華が、枝から枝へ、更にその先の繁みへと下りた。子供ならではの体の軽さだけでは、説明のしようがない動き。華はともかく、蓮は気づいていた。そこには何か、特別な理由があると。地面に下りた華と一緒に、繁みに隠れて話をする。
「あのね、華。多分、私たちには、特別な力があると思う」
「特別な力?」
「そう。多分、ええと……そう、ゲーム。ゲームで使えるみたいな、魔法とか、剣とかが使えると思う」
「そうなの? それは素敵ね、お姉ちゃん」
華は、蓮と同じゲームを、同じようにやりたがる子供だった。だから、自分からは絶対に、やりたいことを言い出さない。でも蓮は、それは良くないことではないかと、思っている。
「……華は、何かしたいことはある?」
だから問いかけた。華はいつも通り、柔らかく笑って首を傾げた。
「分からない。でも、お姉ちゃんと一緒なら、きっと何をしたって楽しいわ」
それは姉だけに向けられる、愛らしい笑顔。華には友だちも多かったし、告白してくる男の子も絶えたことがない。でも華は、いつだって蓮と過ごすことを優先してきた。
「……そっか。じゃあまずは、ここから逃げないとだね」
それが良いことなのかどうかは、蓮には分からない。皆からは、悪いことだと言われたことの方が多い。けれど、先生や両親は、それを良いことだと言った。そのどちらが正しいのか、蓮にはまだ、判断できなかった。
「ええと……ええと……ステータスオープン!」
でも、今はそんな事よりも、追手から逃げることを優先すべきだと思ったから。蓮は両手の人差し指と親指で四角を作って、うろ覚えの呪文を唱えた。目の前に、透明な板が浮かぶ。
名前:レン・アサギ
Lv:1
体力:300
魔力:300
スキル:【投擲Lv1】【剣術Lv1】【魔術Lv1】【可能性】
ひと目で、分かった。他のスキルにはレベルが表記してあるのに、【可能性】というスキルにだけ、レベル表記がない。
(だけど、それだけじゃ、これがどういうスキルなのか分からない……)
妹のステータスも、同じように確認する。名前はカナ・アサギと表記されていたけれど、他は一緒だ。【可能性】というスキルも、ちゃんとある。
「大丈夫、大丈夫だからね、華。きっと、逃げきれる。だから、先へ進もう」
分からないことだらけだけど、可能性という名前のスキルなら、きっと悪いものではないのだろうと。蓮は、そう思った。そして妹の手を引いて、街から離れるために、森の奥へと進んでいった。